16 聖女の妄想
水戸黄門。
ノアは今、水戸黄門の気分だった。
(ふっふー、若くて強い男子を連れてるって、気分いいわあ)
ノアは前世、近所に住んでいた祖父母の影響で時代劇好きだった。小さい頃、祖父母の家に入り浸ってはこたつで時代劇を見まくっていた。
中でも『水戸黄門』と『暴れん坊将軍』はノアのお気に入りだ。
そんなノアが、アルとレオを助さん角さんに見立てたのはごく自然な流れだった。
旅には危険が付きもの。山賊に魔物に
しかし若くて強い男子を――今は狼だけれど――両脇に従えていれば、この上ない安定感がある。さっきまでマロンと一人だったときの心細さと比べたら
アルことブランデン皇太子は十八歳、レオことモーム皇太子は十九歳だという。
(剣とか魔法の腕は知らないけど、狼男だもの)
いざとなったら戦ってくれるだろう。助さんや角さんのように、ばったばったと敵をなぎ倒してくれるに違いない。
そして、あのお約束の口上を述べてくれるのだ。
『こちらにおわす御方をどなたと心得る。
『再誕聖女の御前である。皆の者、ひかえよーっ』
そして、ははーっとその場にいる人々はひれ伏すのだ――。
「おい、ノア」
横から鼻面で小突かれる。
「な、何? えーと黒い方だから、レオ?」
「そうだ。ここで野宿か」
「え、うん……そのつもりだけど」
ノアたちはさっきの樫の木まで戻ってきていた。ノアが魔法を使うまでもなく、『おかえりー』と樫の木はまた枝を伸ばしてテントを作ってくれた。
そのテントの中で、小さな火を焚いて温まり、二頭のリクエストで竪琴を弾き、ひとしきり演奏し終わったところだった。
「まずいな」
「うん、まずい」
アルもレオに相槌を打つ。
「まずいって、何が?」
黒狼がすっくと立ちあがった。
「いろいろだ。とりあえずノア、俺は今から
「は?!」
「僕も」
白狼も立ち上がった。
「ちょ、なんで? 遠吠えなんてしたら、他の狼とか魔物とか集まってくるんじゃあ」
「この辺りに野生の狼はいないと思う。平原だからな。魔物は寄ってくるかもしれないが」
「ええ?! ちょっとやめてよ!」
「仕方ない。あきらめろ」
ノアが止めるのも聞かずに、二頭は樫の木のテントから出ると、まん丸の大きな月に向かって吼え始めた。
それは普通の狼のものよりとても大きくて、よく通る遠吠えだった。
雄々しいその遠吠えが夜闇に染みわたるように、平原の隅々までこだましていくのがわかる。
《あらあ、水も滴るイイ遠吠えねえ》と樫の枝でうっとりするエルメス。
《こわっ、ちょっと兄さんたち、やめてくれへん、そないな大声出すの》と馬のくせに地面で縮こまるマロン。
「ねえ、ちょっと」
ノアは不安になる。木々のざわめきが、風のそよぎが、さっきまで心地よいと思っていた平原の音やちょっとした動物の動きが不安を
その不安が的中するかのように
「ま、まさか魔物?!」
助さん角さんやっておしまいなさい!!
そう叫ぼうとして振り返ると、二頭は地面に伏せて大欠伸をしているところだった。
「ちょっと!! 貴方たちやる気あるの?!」
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