14 それぞれの腹の中は
ノアはじっと見上げてくる翡翠玉と紫水晶のような二頭の目を交互に見た。
「だから、あたし、呪いを解くお手伝いをします。その代わり、呪いを解く方法を見つけられたら、お妃様になるというお話は無かったことにしてもらえませんか?」
意外な提案にアルフレッドは内心舌を巻く。
(呪いを解く手伝いをする代わりに妃にならないとは……変わった考え方の女人だな)
ソフトに『貴方とは結婚したくないです』と言われたようで、アルフレッドは軽くショックを受けた。
この世界で、王や王子の妃になりたくない女性などたぶんいない。
ましてや、眉目秀麗、頭脳明晰、パレードがあれば若い娘たちはアルフレッドを一目でも見ようとするほど、そして舞踏会があれば貴族の姫たちは、なんなら政略無視で他国の姫でさえこぞって花嫁候補に名乗りを上げるほど、アルフレッドの妃になりたいという女性は世の中溢れているのだ。
(案外、異世界から来たというのは本当なのかもしれないな)
先ほど彼女が奏でていた竪琴の音色も、聞いたことのない曲だった。
そして、あの音色を聴いた後から、身体の痛みが嘘のように引いていた。
一方、レオナルドも見る目を変えていた。
(聖女などただのなよなよしい乙女かと思ったが、案外、
いつもどこへ行っても女性に熱い視線を送られるレオナルドは、聖女の淡白な態度が新鮮だった。
レオナルドが結婚しようといえば即座に首を縦に振る。それがレオナルドの中の女性像だ。
(異世界から来たというのは、本当なのかもしれない)
結婚などしないと駄々をこねるだけでなく、相手を説得する提案を用意するあたり、一風変わっているし。
彼女が奏でた竪琴の音色を聴いた後から、身体の痛みが嘘のように引いていたし。
二頭の狼はお互いに顔を見合わせる。
(モーム王国も、だいたいの事情は同じだろう)
(ブランデン王国も、事情は似たようなものだろうな)
すなわち、別世界から来たという聖女の噂に乗じて、オルビオンに攻め入る口実を作る。
オルビオンが聖女を差し出せば、聖女を介してオルビオンの内情に干渉し、長年オルビオンが切り札として使ってきた『信仰』や『神の信託』を無効にし、自国に有利なように神の権威を利用できる。つまりオルビオンを事実上、属国化できる。
新しい王が玉座に就くというこの絶妙なタイミングでの異世界聖女の出現は、長年『信仰』と『神の信託』の前にオルビオンにひざまづいてきた自国にとって、願ってもないチャンスなのだ。
聖女が呪いを解くなどという
(そこのところ、この少女はブランデンとモームの事情を今一つわかっていないのか)
(他に何か思惑があるのか)
聖女の提案の真意は見えないが、聖女を妃に迎えオルビオンの首根っこを押さえる、というのは宮廷会議で決まった国政の一大事。
((しかし……))
目の前にいる聖女の竪琴が、どんな宮廷魔術師でも薬師でも医師でも和らげることのできなかった呪いの痛みを、竪琴の音色で嘘のように癒したというのは、まぎれもない事実だ。
先にうかがうようにノアを見上げたのは、紫水晶の瞳を持つ黒狼だった。
「そなたが、ブランデンとモームの王家に掛けられた呪いを解く代わりに、妃にならないことを提案するのは、なぜだ?」
「そ、それは……」
(異世界ハッピーライフを取り戻すため、とか言ったら食い殺されるかも……)
それが本音だけれども。
二頭の狼男を目の前にして、呪いの話が本当だとリアルに確認したノアは、自分の欲にまみれた本音を言うのが
こほん、と咳を一つしてノアはあらぬ方を見る。
「聖女として異世界に再誕したからには、聖女らしいことをしたいと思って……」
「オルビオンのためですか?」
今度は翡翠玉の目の白狼が見上げてくる。
(ナイス白狼!)
ノアは白狼の発言にありがたく乗っかることにした。
「そう! その通りです。神の国であるオルビオンを戦場にするなんて、とんでもないことですから!」
しかしそれもまた嘘ではない。過ごしてわずかとはいえ、オルビオンには親しみも愛着もある。そこに住む人々を守るためにノアにできることがあれば何でもしようと思う気持ちに嘘はない。
ノアがお妃様になる、ということを除いては。
しかし、考えるようにノアを見上げていて黒狼が、言った。
「それなら、やっぱり俺の妃となれ」
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