13 聖女の提案


「嘘でしょ?! 追ってくる!!」


 え声に振り向けば月明りの下、白銀と黄金に光る二頭がすさまじいスピードで迫ってくる。


「なんで?!」


 皇太子が使者として来ているとは聞いてない。


(身分を隠して使節団の一員として来たんだわ、きっと)

 しかしそうだとすると、嫌な予感しかしない。

 今回のオルビオン訪問は、三つの国にとってとても重要な問題を抱えている。聖女を妃として迎えること、さもなくば戦争になること。


 そんな重要な訪問に皇太子が身分を隠して来るなど、正式訪問の裏に何かあると考えるのが妥当だ。


(と、とにかく捕まるわけには――)


「聖女殿!」

「聖女よ!」

 しかし次の瞬間、ノアはあっさり二頭に囲まれていた。


(ひえええええ!!)

 しばらく並走したが、とても狼の足を振りきれるものでもない。しかも二頭共にただの狼ではない。身体の大きさも普通の狼の1.5倍はある。

『かんにんしてや!なんで狼と張り合わなあかんねん!』

「ご、ごめん」

 悲鳴を上げるマロンがかわいそうになってノアは手綱を引いた。


 するとたちまち、二頭はノアの足元に座って、熱心に語り始めた。


「聖女殿! あの癒しの音色、我が国に帰り、僕のために奏でてほしい。貴女の他に生涯の伴侶は考えられない! さあ、僕とブランデンへ帰りましょう」

「聖女よ! そなたの竪琴で俺を癒してくれ。他の妃はいらない、俺はそなた一人を愛しぬこう。俺と来れば幸せは約束されたも同然。モームへ来い」


(おかしいよね?!)


 完全にノアにプロポーズをしている二人、いや二頭を見てノアはたじろぐ。


(いくら聖女だからって、初対面の人間にプロポーズとか無いでしょう!)

 合コンで出会ってその場でプロポーズされているようなこのシチュエーションはぜったいに有りえない。そのあたりの前世の感覚はこの世界でも通用すると思う。

(ていうか、この人……いや、この狼たち、きっと伝承に従って呪いを解きたいから聖女に求婚してるよね?)

 なんだかカラダ目当ての軽薄男に言い寄られているみたいで、嫌だ。


 そう考えると、頭の芯がすっと冷えてくる。


(そっちがそうなら)


 ノアは考える。追放された自分は、今その元凶と対面して、どうすればいいのか。

 異世界ハッピーライフを取り戻すために、この状況をフル活用するにはどうすればいいのか。


 そもそも突然の追放はこの狼たちが、というか狼たちの国がおかしな申し入れをいしてきたからだ。

 ノアを皇太子のお妃にしたいなどと。

(だったら、お妃にならないようにすればいい)

 だいたい、伝承などというアテにならない話を根拠に結婚するのはおかしい。

 いくら剣とか魔法とか聖女とかが日常的なこの世界でもそれはおかしい。

 しかし、それはおかしいよ、と理を説くほどヒトというのは(今は狼だけど)かたくなになるものだ。


(ようし、だったら)


 ノアはマロンから降りて、二頭の美しい狼の前に立って言った。

「結婚より、呪いを解く方法を考えませんか?」


 ノアの提案に、二頭は一瞬、固まる。


「いや、だから僕の妃に」

「いや、だから俺の妃に」


 ずいと迫ってくる二頭にいやいやいやいやとノアは両手を挙げる。


「あたしがお妃様になるだけで呪いが解かれるんですか?」

「それは……伝承ではそういうことになっていますが」

「伝承の通り解釈しているだけだが」

「でしょう? 確かに、ブランデン王国にもモーム王国にも『別世界からきた聖女』の記述があるんだから、聖女が……つまりあたしが何らかの形で関わっていることは間違いないんでしょう。でも、本当のところ、聖女がお妃になるだけで呪いが解けるなんてこと、ないんじゃないかなー」

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