19 呪いのポイント


 う、と二人が言葉に詰まるのがわかった。


「それはですね、ヒトの姿に戻ったときに、全裸になってしまっているからですよ」


「え?!」

 衝撃的な発言に振り返ると、薪を抱えたトレスが立っていた。その後ろには薪と、水の樽を軽々と担ぐマルコスがいる。


「ぜぜぜんらって」

「殿下が狼に変じるときは、衣服など簡単に破れてしまいますからな。自国にいるときはわかっているので夜はローブで過ごされるが、旅先ではそうもいかないことが多いゆえ、多めの着替えは必需品なのです」


 マルコスが向こうで草をんでいる馬を指す。その近くには、彼らが積んでいるのであろう大きな荷袋が置いてあった。


「あれ全部、着替えなの?!」


 なるほど。二頭の狼が揃って「このままだとまずい」と言った理由がわかった。あのままトレスとマルコスとあの着替え荷袋が無いまま朝を迎えたら、とんでもないことになっていただろう。考えただけでノアは赤面した。


「ほとんどはそうですね。殿下にとって長旅は大変なのです。早く切り上げて帰りたいのですが――」


 トレスは、その理知的な漆黒のグレーの双眸をちら、と場に走らせた。


「聖女ノア様は、我が主とモーム皇太子様の呪いを解く方法を探してくださるという話ですが、どのようになさるおつもりで?」

「そ、それは……」


 ノアは内心冷や汗をかきまくる。

(まだ何も考えてなかったし……)

 しかしこの場の雰囲気でノープランとは言えない。

 会社の会議で突然意見を聞かれたときのようだ。


(そういうときは、とにかくディスカッションに持っていくしかない!)

 前世に培ったスキルを活用しようと、ノアはにっこりとトレスに微笑んだ。


「えーと、ですね。呪いを解く。そう、アルとレオは呪いに苦しんでいます。それをすぐになんとかするには」

「するには?」

「竪琴が効果的だったみたいなんですけど、いつもそうなんですか?」


 二人の側近はこっくり頷いた。


「竪琴の音色がある程度、アルフレッド様の痛みに効果があることはわかっております」

「レオナルド様も同じだ」

「ですが、アルフレッド様のお話では、貴女の竪琴は完全に痛みを消してくれると。やはり、貴女が異世界から来た聖女だからなのでしょうか?」


(そんなことあたしに聞かれてもわからないけどっ)

 と思いつつノアは平然を装う。

「ま、まあ、それはそうなのかもしれないですね。竪琴自体は、特に変わったところのない普通の竪琴なので」

 もちろん良い材料で作られた質の良い竪琴だが、呪いを解く効果があるとは思えない。その手の聖なるもの系ホーリーの魔法は、ノアは使えない。


 だとしたら、異世界から来たノアが演奏したことがポイントの一つかもしれない。


 そう思って、尋ねてみた。


「ところで異世界からの聖女が呪いを解くっていう伝承は、ブランデン王国もモーム王国も同様なのですか?」


 二人の側近は顔を見合わせた。

「ええ。子どもが好きな昔話のたぐいです」

「こんな話ですな」

 マルコスは巨体に似合わず、子どもに聞かせるように話始めた。



 昔々、諸国を旅する吟遊詩人がいました。

彼は竪琴を奏で、伝承を語るのが得意で、どこの国へ行っても彼の演奏には人だかりができました。

そして必ず、その国の王様の前で演奏することになります。

 素晴らしい演奏に感激した王様は、たくさんの褒美を吟遊詩人に与えました。

 ところが、吟遊詩人に褒美を与えなかった王様がいました。

「ただの放浪者のくせに、竪琴を弾くだけで大金をせしめようとはけしからん」

 この国でも吟遊詩人はお城に呼ばれますが、それは褒美を与えるためではなく、牢にぶちこむためでした。

 しかしどうしたことでしょう。吟遊詩人は牢に入った次の日の朝には、忽然と牢から姿を消してしまっていたのです。

 牢には、吟遊詩人の代わりに、手紙が残されていました。

『この国に呪いをかけよう。王になる者が狼男になり、その王家が国を治めなくてはならない呪いを。呪いを解くには、別の世界からやってきた聖女を妃にしなくてはならない』

 こうして、それ以来、この国では王になる者は必ず、狼男と化してしまうのでした。



「我が国のも、まったく同じです」

 マルコスの昔話に、トレスが目を見開く。

「子ども向けの本などでは、貧しい人には施しをしなくてはいけない、という教訓話になっているのですが」


「ちょっと待って」

 ノアはすかさずツッコむ。


「ということは、その吟遊詩人はブランデンでもモームでも、同じことをしたってわけね?」

「はあ、まあ、あくまで伝承なので、私はその場にいたわけではないので、何とも言えませんが」

「これはただの伝承にて、御伽噺のたぐいといいますかな、信憑性のほどは」


 トレスとマルコスはやんわりとノアに『ただの昔話だから』と伝える。

 しかしノアはむう、と眉を寄せた。

「でもね、火の無いところに煙は立たないでしょ。伝承や民話も、脚色はあるだろうけど、まったくのウソでもないと思うのよ」

「はあ……」

「まあ……」

「でね、そう考えると、おかしくない? どうしてブランデンとモームだけなの?」

「は?」

「なんと?」

「だって、吟遊詩人に冷たくした国なんて、もっとあったと思うのよ。どこからともなくフラフラと現れた怪しげな旅人に対して、たとえ竪琴がすっごく上手だったとしてもよ? どの国、どの領土でも褒めちぎってご褒美たんまり、なんてことあるかしら」

「まあ、それは……」

「たしかに」


 側近たちはうなる。

 アルとレオも「言われてみれば」「新しい視点だな」と同意した。


「でしょ? ポイントはたぶん、竪琴なんだと思うけど」


 前世で子どもの頃に読んだことのある『ハーメルンの笛吹き男』に似ている、とノアは思った。

 あの話では、笛を吹いてネズミを退治する報酬として、笛吹き男は大金を請求するのだが、村人たちは支払いをしぶり、結果、村中の子どもたちが笛吹き男にどこかへ連れ去られてしまうのだ。


「竪琴を弾くことで解決されることと、それに見合った報酬……」


 この世界では、礼拝の時に竪琴を奏でることが多い。ノアもそれで竪琴の腕を見出され、前世の習い事が大いに役に立ったわけだが。


「ねえ、ブランデンとモームで竪琴を弾くのって、どんなとき?」

「我が国では、お祭りや特別な儀式のときかな。近くある僕の立太子の儀式でも竪琴の演奏はある」

「我が国も同じだな。街角で、民が婚礼パーティーをするときにも使っているのを見たことがある。その時は神官が竪琴を演奏していたな」

「神官が?」

 ノアはそこに引っかかりを感じた。

「婚礼の時に神官が竪琴、ねえ」

「事の大小を問わず、神官が出てくるもの、つまり儀式関係には竪琴がもれなく付いてくるな」

「なるほどねえ……」


 竪琴と呪いには、何か関係がある。でもそれが何なのかがわからない。


 「たぶん、呪いと竪琴の間にまだ必要なピースがあるのよ……」


 そういえば、とアルが口を開いた。


「竪琴はその作り方が謎で、他の楽器のように発生源が不明らしいんだ。こんなに人々に知れ渡って、しかも愛されている楽器なのに謎に包まれていることが多い。だからなのか、竪琴は遥か昔、異世界から流れてきた人が作ったのでは、という学説がある」

「異世界から人が流れてくるって……それって、そんなに頻繁にあることなの?」

「ええ、大昔から、異世界より流れついた人というのは、けっこういたらしですよ。そういう人はしばしば、この世界では見たこともない道具や聞いたこともない話や技術、音楽などをもたらすことがあるんです」

「そ、そうなんだ……」


 何ももたらしていない上にこちらの世界の贅沢な生活を満喫させてもらっていたノアは、ちょっと肩身が狭い思いがする。


 レオナルドも横で頷いた。


「竪琴は異世界の楽器なのだと、俺も聞いたことがある。竪琴が痛みを軽減するとわかったとき、少し調べてみた。どうもその竪琴が異世界から伝わったのは、オルビオンが最初だったのではないかという話だった」

「オルビオンが最初……?」


 何か記憶が頭の隅をかすめた。なんだろう、竪琴のことでそんな話を聞いたような――。


「あああああ!!」

ノアは大声を出して立ち上がった。


「ど、どうしたのです聖女」

「な、なんだ、突然」

「建国記念日よ!」

「建国記念日……」

「オルビオンの、か?」

「そう。神がこのオルビオンの地を聖域と定めて、聖領と成したことを祝う祭典らしいんだけど、その時に使う竪琴が、世界で最も古いとされる竪琴で『魔法の竪琴』って言われているの」

「なんだって?」

「なに?」

「その竪琴が異世界からもたらされた可能性は大いにあるわ」


 トレスがごくりと唾を呑んだ。

「その竪琴は、今どこに」


 ノアは、言いにくそうに四人を見回した。

「ラデウムの、大神殿の地下にあるらしいんだけど……」



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