41 テオ大神官は見ていた


 テオ大神官はペンの動きを止めた。


「なんじゃ、今日は騒々しいのう」


 大神殿前広場でまた大声が上がったりざわついている。

 いちいち気に留めることもないと思うが、何となく気になってテオ大神官は椅子から立ち上がった。


「……む?」

 暗い中庭パティオを、神官兵が二人、大きな荷車を押してくる。


「むむ? あれは……狼か?!」

 通常の狼より大きいが、あれは狼だろう。魔物かもしれない。


「先ほどの遠吠えのぬしを仕留めたのか」

 ならばなぜ、中庭まで入ってくるのだろう。広場に置いておけばいいものを。


 そのとき、荷車の狼がむくり、と起き上がった。


「な、なんと!」

 テオ大神官は思わずよろけて、窓から離れた。

「い、生きておるではないか!」


 あんな巨大な狼がこの大神殿の敷地で脱走したら大変なことになる。

 神殿の丘は、神官や聖女見習いなど神殿に仕える者たちの居住場所でもあるのだ。


「何をしておるのだ! ダルザス! ダルザスはおるか!!」

 テオ大神官は執務室の扉を開けて、廊下に向かって叫んだ。すぐにランプを持った人影が現れる。


「ダルザスはここに。どうされました、テオ様」

「捕らえた狼が生きておるようだぞ! なんとかせよ!」

「狼なら、今、神官兵たちが街へ狩りに行っておりますが……」

「馬鹿者! 捕らえたのであろうが! すぐに完全に息の根を止めてくるのじゃ! この大事な時に敷地内で狼が暴れたりしたら計画に支障が出る!」

「は、はあ……ではただちに」


 ダルザス神官は首を傾げながらも上司の剣幕に押されて立ち去った。


「まったく!」

 もうすぐで、すべて思い通りになりそうだというのに、ノアはまだ捕まらないし、こういう余計なアクシデントも起こる。テオ大神官は苛立ちを隠せず、執務室の扉を乱暴に閉めた。


 そして執務卓へ戻ろうとして、ふともう一度窓際へ行き、中庭を見下ろした。


「なっ……なんじゃあれは!!」


 回廊にある大神殿地下階段への扉が開いていて、そこに白狼と黒狼、そして大きな神官兵が入っていく。


 扉を開いて誘導している小さな兵に、見覚えがあった。


「まさか……ノアか?!」


 テオ大神官はもう一度廊下へ転び出てダルザスを呼んだが、ダルザスはたったいま己の指示で狼の確認へ行ってしまったばかりだ。


「ええいっ、使えんっ……そうじゃ、アンナ! アンナはどこじゃ!」



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