40 魔法の竪琴大作戦➀
「なあ、誰か来るぞ」
神殿の丘の大階段の脇に、馬や馬車などが利用するスロープがある。そのスロープを
「なんだ、誰か戻ってきたぞ、って、あれ……狼じゃないか?!」
大きな兵と小さな兵が大きな荷車を押してくる。
小さな兵が持ち手を引いて、大きな兵が後ろから荷台を押しているが、荷車が小さな兵ごと大きな兵に押されているように見えるのは気のせいだろうか。
荷台の上には大きな白狼と黒狼がぐったりと倒れていて、縄で縛り付けてあった。
「あ、あれ、狼じゃないか?!」
「捕獲したのか!」
広場にいた神官兵たちが集まってくると、「来るなぁっ」と大きな兵が叫んだので皆びくっとその場に立ち止まった。
「街を騒がせていた狼はこのように捕えた! まだ息があるゆえ、近付くな!」
それを聞いた途端、神官兵たちは逃げるように荷車を避ける。
「危険なので、裏手の魔獣をつなぐ
小さな方の兵が言うと兵たちは道を開けたが、ふと誰かが声を上げた。
「今、兵長殿は休憩中だ。兵長殿の御指示を待った方がいいのでは?」
「ここで狼が息を吹き返してもいいのかっ?」
「い、いや、よくない」
大きな兵の一喝で、その提案は瞬殺された。
荷車は兵たちが遠巻きに見守る中、足早に中庭へ入っていった。
◇
「ここまでくれば大丈夫」
広場からだいぶ離れた場所、薔薇の香り漂う
「まったく、神官兵というのはやはり腰抜けですなっ」
うまくいったのにマルコスはなぜか腹を立てている。
「どうでもいいから早く縄を解け、マルコス」
「ははあっ、今すぐにっ」
アルとレオが荷車から降りると、マルコスとノアは中庭の薔薇の繁みに荷車を押し込み、隠した。
「この中庭は大神殿と神官の執務室がある建物の間よ。夜は誰もいないから安心なんだけど、灯りがないから暗いのよ。今夜は月が出ているけどやっぱり暗いわ」
「問題ない、見える」
「僕らは夜目が利く。ノアが先頭で、僕らが後ろから暗い場所を見ているから」
「では、マルコスが最後尾で来い」
「このマルコス、
ノアと二頭はマルコスを無視して、すばやく大神殿の回廊に移動する。
「大神殿の回廊に地下への入り口があるの。こっちよ――あれ?」
レオとアルと、慌ててついてきたマルコスを振り返ったとき、ノアは違和感を覚えた。
執務棟の一つの窓に、ぽつりと灯りが見える。
「誰か、いる……」
その窓に人影がよぎった。
「やばっ! 見つかったかも! 急いで!」
「「「ええ?!」」」
ノアは急いで回廊の扉を見て回る。
「ええっと、確かたしか……ここよ!」
アーチ型のひと際大きな
しかし開けようとして、ノアは凍り付いた。
「うそっ、開かない!」
押しても引いても扉は開かない。鍵がかかっている。
「お任せくださいっ、
扉に体当たりしようとするマルコスを二頭の狼があわてて止める。
「バカっ、壊してどうする!」
「見つかっているかもしれないから、大きな音をたてるのはまずいよ!」
「どうしよう、どうしよう……こんなときは、うん、魔法を使ってみよう!」
ノアの地味魔法が役に立つのは望み薄なような気もするが、
『あれ、聖女様? どうしたんですう、そんな格好してえ』
おっとりと話しかけてきたのは、近くに咲く美しいピンク色の薔薇だった。
『んん? そこの扉、閉まってますよお。いつだったかな、最近、ちょっと前、えーと、あのおじいさん、テオ大神官? が入って、出てきて、閉めたから』
「ほんと?!」
『うん。鍵はテオ大神官が持ってるんじゃないかなあ』
ノアは頭を抱える。
「テオ大神官、魔法の竪琴を持ち出しちゃったのかな……」
『うん、持ち出してたよ』
「まじ?!」
『うん、でも、また持ってきて、そんで手ぶらで出てきて鍵閉めていったから、あれ? けっきょく持ち出してないってことかなあ? わかんないや』
「テオ大神官は魔法の竪琴を持ち出したけど、また戻した……」
ノアは首を傾げる。なんでそんなことをしたのだろう。
「ノア、執務棟の方が騒がしいぞ」
「気付かれたかもしれない」
「え?!」
見れば、さっきは一つだった灯りが他の場所でも灯りが点り、微かに人の話し声が響いている。
「
剣の柄に手をかけたマルコスをレオがもふもふの手で一撃した。
「ここで乱闘を起こすな!」
「でも逃げたほうがいいかもしれない。一度引いて様子を――」
『そこ、開けようかあ?』
場違いにのんびりした薔薇の声が言った。
「薔薇さん、開けられるの?!」
『うん、あ、でものどが渇いてー、蔓が届かないや……』
「水ならあるから!!」
ノアはさっき
『うわあ、おいしいーい。これなら動けそう』
言った瞬間、薔薇の
「開いた!」
「なんで薔薇が鍵を?!」
「信じられん」
「と、とにかく中へ入りましょうぞ」
ノアは扉を大きく開けてアルとレオとマルコスを通した。
「薔薇さん、本当にありがとう!!」
『いいえー、こちらこそごちそうさまー』
おっとりと薔薇は花弁を振って、元に戻った。
「ノア、薔薇と会話できるの?」
「なんで薔薇が急に伸びたり縮んだりするんだ!」
「
地下への階段を駆け下りながらアルとレオとマルコスは驚いている。
しかし、いちばん驚いているのはノア自身だった。
これまで自分の魔法は地味魔法だと思ってきた。他の神官や聖女見習いはファイヤーなんちゃら、サンダーなんちゃら等、派手な四大元素系魔法が使える。アンナのように召喚魔法が使える者もいる。前世にハマったドラ〇エやF〇などの影響もあり、そういう魔法がカッコよくて使えると思っていた。
しかしよくよく思い返せば、この追放劇が始まってからというもの「動植物と会話できる魔法」の何と役に立つことか。
「あたしの魔法……実はめっちゃ使えるじゃん?」
ノアはこのとき、自分の魔法の無敵さに気付いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます