40 魔法の竪琴大作戦➀



「なあ、誰か来るぞ」

 篝火かがりびの横で見張りをしていた兵が、広場の脇を指さした。


 神殿の丘の大階段の脇に、馬や馬車などが利用するスロープがある。そのスロープをのぼってきたらしい何かが、大神殿前広場へ入ってきた。


「なんだ、誰か戻ってきたぞ、って、あれ……狼じゃないか?!」


 大きな兵と小さな兵が大きな荷車を押してくる。


 小さな兵が持ち手を引いて、大きな兵が後ろから荷台を押しているが、荷車が小さな兵ごと大きな兵に押されているように見えるのは気のせいだろうか。


 荷台の上には大きな白狼と黒狼がぐったりと倒れていて、縄で縛り付けてあった。


「あ、あれ、狼じゃないか?!」

「捕獲したのか!」


 広場にいた神官兵たちが集まってくると、「来るなぁっ」と大きな兵が叫んだので皆びくっとその場に立ち止まった。


「街を騒がせていた狼はこのように捕えた! まだ息があるゆえ、近付くな!」

 それを聞いた途端、神官兵たちは逃げるように荷車を避ける。

「危険なので、裏手の魔獣をつなぐおりに持っていく。中庭を通るので道をあけてくれ」


 小さな方の兵が言うと兵たちは道を開けたが、ふと誰かが声を上げた。


「今、兵長殿は休憩中だ。兵長殿の御指示を待った方がいいのでは?」

「ここで狼が息を吹き返してもいいのかっ?」

「い、いや、よくない」

 大きな兵の一喝で、その提案は瞬殺された。

 荷車は兵たちが遠巻きに見守る中、足早に中庭へ入っていった。






「ここまでくれば大丈夫」

 広場からだいぶ離れた場所、薔薇の香り漂う中庭パティオで、ノアは荷車の持ち手を下ろした。


「まったく、神官兵というのはやはり腰抜けですなっ」

 うまくいったのにマルコスはなぜか腹を立てている。


「どうでもいいから早く縄を解け、マルコス」

「ははあっ、今すぐにっ」


 アルとレオが荷車から降りると、マルコスとノアは中庭の薔薇の繁みに荷車を押し込み、隠した。


「この中庭は大神殿と神官の執務室がある建物の間よ。夜は誰もいないから安心なんだけど、灯りがないから暗いのよ。今夜は月が出ているけどやっぱり暗いわ」

「問題ない、見える」

「僕らは夜目が利く。ノアが先頭で、僕らが後ろから暗い場所を見ているから」

「では、マルコスが最後尾で来い」

「このマルコス、殿しんがりを務めることができて光栄の極みで……ってちょっとお待ちくださいっ」


 ノアと二頭はマルコスを無視して、すばやく大神殿の回廊に移動する。


「大神殿の回廊に地下への入り口があるの。こっちよ――あれ?」 

 レオとアルと、慌ててついてきたマルコスを振り返ったとき、ノアは違和感を覚えた。


 執務棟の一つの窓に、ぽつりと灯りが見える。


「誰か、いる……」


 その窓に人影がよぎった。


「やばっ! 見つかったかも! 急いで!」

「「「ええ?!」」」


 ノアは急いで回廊の扉を見て回る。

「ええっと、確かたしか……ここよ!」


 アーチ型のひと際大きな鉄扉てっぴ。大神殿地下への階段がある扉がだ。

 しかし開けようとして、ノアは凍り付いた。


「うそっ、開かない!」


 押しても引いても扉は開かない。鍵がかかっている。


「お任せくださいっ、それがしがっ」


 扉に体当たりしようとするマルコスを二頭の狼があわてて止める。


「バカっ、壊してどうする!」

「見つかっているかもしれないから、大きな音をたてるのはまずいよ!」

「どうしよう、どうしよう……こんなときは、うん、魔法を使ってみよう!」


 ノアの地味魔法が役に立つのは望み薄なような気もするが、わらにもすがる思いでノアは額の聖印に意識を集中する。


『あれ、聖女様? どうしたんですう、そんな格好してえ』


 おっとりと話しかけてきたのは、近くに咲く美しいピンク色の薔薇だった。


『んん? そこの扉、閉まってますよお。いつだったかな、最近、ちょっと前、えーと、あのおじいさん、テオ大神官? が入って、出てきて、閉めたから』

「ほんと?!」

『うん。鍵はテオ大神官が持ってるんじゃないかなあ』


 ノアは頭を抱える。

「テオ大神官、魔法の竪琴を持ち出しちゃったのかな……」

『うん、持ち出してたよ』

「まじ?!」

『うん、でも、また持ってきて、そんで手ぶらで出てきて鍵閉めていったから、あれ? けっきょく持ち出してないってことかなあ? わかんないや』


「テオ大神官は魔法の竪琴を持ち出したけど、また戻した……」

 ノアは首を傾げる。なんでそんなことをしたのだろう。


「ノア、執務棟の方が騒がしいぞ」

「気付かれたかもしれない」

「え?!」


 見れば、さっきは一つだった灯りが他の場所でも灯りが点り、微かに人の話し声が響いている。


殿しんがりの某が足止めを致しますれば、皆さまは逃げてくだされっ」

 剣の柄に手をかけたマルコスをレオがもふもふの手で一撃した。

「ここで乱闘を起こすな!」

「でも逃げたほうがいいかもしれない。一度引いて様子を――」


『そこ、開けようかあ?』

 場違いにのんびりした薔薇の声が言った。


「薔薇さん、開けられるの?!」

『うん、あ、でものどが渇いてー、蔓が届かないや……』

「水ならあるから!!」


 ノアはさっき地下水路カレーズで汲んできた水を薔薇に惜しみなくかけた。


『うわあ、おいしいーい。これなら動けそう』


 言った瞬間、薔薇のつるが突然しゅるしゅると伸びて、鉄扉の鍵穴に入っていく。その蔓がもぞもぞと動いていると思った瞬間、かちん、と音がした。


「開いた!」

「なんで薔薇が鍵を?!」

「信じられん」

「と、とにかく中へ入りましょうぞ」


 ノアは扉を大きく開けてアルとレオとマルコスを通した。


「薔薇さん、本当にありがとう!!」

『いいえー、こちらこそごちそうさまー』


 おっとりと薔薇は花弁を振って、元に戻った。


「ノア、薔薇と会話できるの?」

「なんで薔薇が急に伸びたり縮んだりするんだ!」

それがし、あんな薔薇は初めて見ましたっ。あんな奇怪な植物があるとは恐ろしやオルビオン!」


 地下への階段を駆け下りながらアルとレオとマルコスは驚いている。

 しかし、いちばん驚いているのはノア自身だった。


 これまで自分の魔法は地味魔法だと思ってきた。他の神官や聖女見習いはファイヤーなんちゃら、サンダーなんちゃら等、派手な四大元素系魔法が使える。アンナのように召喚魔法が使える者もいる。前世にハマったドラ〇エやF〇などの影響もあり、そういう魔法がカッコよくて使えると思っていた。

 しかしよくよく思い返せば、この追放劇が始まってからというもの「動植物と会話できる魔法」の何と役に立つことか。


「あたしの魔法……実はめっちゃ使えるじゃん?」

 ノアはこのとき、自分の魔法の無敵さに気付いたのだった。





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