37 もう一つのピースは

「昨日の夜、呪いと竪琴の間にはまだ必要なピースがあるかもって言ったじゃない?」

 ノアはアルとレオを交互に見る。


「それは、楽譜だと思うの」


『『楽譜?』』

 二人のいぶかしげな声が重なる。


「魔法の竪琴が呪いを解くカギだとして、それが機能するためには何か演奏をするって考えるのが自然でしょ? そうしたら、必要なものは楽譜じゃない?」

『確かにな』


 そして、と言って、ノアはマシューから預かった竪琴を二人の前に見せる。


「この竪琴は、あたしをかくまってくれた竪琴工房の職人さんから預かったの。その人は言ったわ。殺されたくなかったら呪いから逃げろって。『あの曲』を知っているなら、呪いから逃げるか呪いを解くかだ、って」

『あの曲ってなんだい?』

「昨日、その工房の店先で竪琴を借りて弾いたの。それはあたしがこの世界に来る前に大好きだった曲なの。その職人さんはその曲を知っていたわ。、よ」


 アルとレオは顔を見合わせた。ノアは頷く。


「その職人さんは昔、大神殿で竪琴調整師だったんですって。当然、魔法の竪琴も見たことあると思うし、そしたら呪いについて何らかのことを知っている可能性もあるわよね」

『おい、まさかその曲って』

「そう、昨日の夜二人に弾いて聞かせた曲よ。二人は痛みがすごく楽になったって言っていたじゃない? それって、あたしが聖女だからかもしれないけど、その曲が貴方たちに特別に作用する曲だからかもしれないでしょ?」

『異世界の旋律が、魔法の竪琴と共に呪いのカギとなっているかもしれない、っていうこと?』


 ノアは大きく頷いた。


「そういうこと。呪いを解く方法は『別の世界の楽譜が読める聖女が魔法の竪琴を奏でる』ことじゃないかな。『別の世界からやってきた聖女を妃に』っていうのは、そういう意味じゃない?呪いを解くための楽譜は異世界の人にしか読めない。オルビオンの秘宝である魔法の竪琴に触れることができて、且つ、竪琴が扱えるのは、大神殿に仕える神官か聖女だもの」


『そうか……そう考えるとすべてがつながるね』

『確かにな』


 ノアは竪琴にくくりつけられている小さな袋から、マシューが畳んで入れた紙を取り出した。


『羊皮紙だね』

『ずいぶんと古そうだな』

「あたしたちの予想通りなら、マシューさんが竪琴と一緒に預けたこの紙は『あの曲』の楽譜なんじゃないかしら」


 ノアが羊皮紙を開く。


『ん?』

『なんだ、これは。何かの暗号か?』


 アルとレオが首を傾げる真ん中で、ノアは歓声を上げた。

「違うわ、これは楽譜よ!予想通り」


 五本の線の上に並ぶ、オタマジャクシのような音符。フラットやスラーなどの記号。この世界のものとは違う、前世の楽譜だ。


「まちがいない、『あの曲』――『楽しき我が家』のね」


『どんな曲なの?』

「簡単に言うと、どんなに豪華で立派な家より、せまくともみそぼらしくとも我が家が一番、っていう曲よ」

『なるほど。良い曲だが……呪いのカギがなぜこの曲なんだ』


 うーん、とノアは考える。


「この曲が選ばれた理由はわからないけど、でも、何か理由があってブランデンとモームの王家に呪いをかける必要があったとしてよ? 普通の魔法とか呪術だと解かれてしまう可能性があるよね? でも、この世界の誰もが知らない物を呪いに使ったら、簡単に解くことはできないんじゃないかな」

『そうか。別世界の楽譜を呪いを解く条件にすれば、この世界の者はそれが読めないから、永遠に呪いを解くことはできないってことになるね』

「でしょ? この楽譜は、この世界の人々には読めない。だから竪琴が弾けたとしても演奏できない。演奏しなければ解けない呪いにすれば、ずっと呪い続けることができる」


 アルとレオは不機嫌げに低く唸った。

『気に入らないね』

『気に入らんな』

『ブランデンとモームを、ずっと呪いで縛る必要のある者って……』


『オルビオンだ』

 紫色の瞳が鋭く光る。


「え?」

『オルビオンはブランデンとモームに挟まれ、守られた国。しかし今のような平和な時代の前、オルビオンは信仰ゆえに軍備が薄く、ゆえにブランデンとモームの領土になったりならなかったりを繰り返していた』

『確かに、歴史が一致している。我が国の吟遊詩人の伝承は、中世頃のもの。その頃、オルビオンは聖領とは名ばかりの弱小国で、ブランデンやモーム、その他の列強の国々に囲まれた土地柄、紛争が絶えなかった。ブランデンとモームの平和協定によってオルビオンに安定した平和が訪れ、信仰の国として実際に機能し始めたのもその頃だ』

「ブランデンとモームを呪いで縛れば、戦争は起きないし、オルビオンは戦わずして平和を享受できる――昔のオルビオンに、そういうことを企んだ人がいたってことね」


 ノアは楽譜をじっと見る。懐かしい音符や記号の並んだ『楽しき我が家』。

 こんなふうに再び目にすることができるとは思わなかった。


 この楽譜をこの世界にもたらしたのは外国人、おそらくヨーロッパのどこかの国の人物だろう。端の余白に、何か走り書きのようなものがあるが、それは英語ではないことだけしかわからない。

(解読できない……もっとちゃんと第二外国語とか勉強しておくんだったーっ)

 ヨーロッパのどこかの国の言語だということはわかるが、ノアにはさっぱりちんぷんかんぷんだ。


『オルビオン人が呪いを画策したのなら、それについて非公式でも文書か記録、もしくは人伝えに伝わっているものが何かあるはずだ』

『それを知ってそうなのはオルビオンの五賢者だね。でも、今は教皇も教皇補佐もブランデンとモームへ派遣されていて、残っているのは――テオ大神官だ』


 ノアとアルとレオは顔を見合わせた。


「呪いの正しい解き方を聞くなら、テオ大神官にお聞きするのがいいんだろうけど、それは無理そうだから……目の前のできることからやりましょう。一刻も早く、魔法の竪琴を手に入れるのよ!」


 ノアは、夜空に向かって鳥笛を吹いた。

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