38 オルビオンの呪い
執務室にはすっかり夜の闇が染みこんでいる。
「何やら騒がしいのう」
テオ大神官は手にしていた資料を置くと、ゆっくりと立ち上がり、背後の大窓に寄る。
大神殿前広場に篝火が焚かれていた。
「さきほどの、遠吠えか」
狼か魔物かわからないが、それで兵たちが出動したのだろう。
確かに、建国記念祭典を目前にした今のラデウムには多くの人が集まっており、危険なものはすぐに排除しなくてはならない。
「そう、平和を享受し守るためには、危険なものを常に排除する必要があるのじゃ」
白地に金糸の大神官衣が執務卓へ戻る。
そして、そっと一番下の抽斗を開けた。
取り出したのは金属の大きい箱で、蔦模様が絡みついた彫刻が施してある。
テオ大神官が何事か呟き箱の上に枯れ木のような手を置くと、見る間に蔦模様が鮮やかな緑色の本物の蔦となり、するすると動き出した。
蔦はあっという間にほどけて、中から黒い箱が出てくる。
蓋をそっと開けると、中には茶けた、一枚の古い羊皮紙が入っていた。
それは、はるか昔――信仰の国オルビオンが、他国の、特にブランデン王国とモーム王国の度重なる侵略と蹂躙に耐えていた頃のものだ。
少し欠けた月が明るいおかげで、手元のランプ一つでじゅうぶん文字を読むことはできる。
羊皮紙には、ある吟遊詩人がある国の王様に呪いをかける物語が書かれていた。
『呪いの原書』と呼ばれるものだ。
民を、信仰を守るため、かつての五賢者たちは決心をした。
信仰ゆえに、剣を持って人を殺す戦争をすることはできない。その代わり、信仰ゆえに使える武器――呪いを使って抵抗しよう、と。
異世界から流れてきた者がもたらした、楽器と楽譜。永久に解けない呪いをかけるため、それを使ってブランデン王国とモーム王国を訪れ、美しい調べで両王家を呪いで縛ったのだ。オルビオンの盾とするために。
『呪いの原書』はその内容を後世まで伝えるもの。五賢者が守っていくべきオルビオンの宝。これがあればこそ、平和と豊穣の実りあふれる今のオルビオンがある。
「古き呪いにより、我が国は長きにわたる侵略と屈辱の歴史に幕を閉じた。その幕を再び開けることはあってはならん」
ノアはまだ捕まらないのだろうか。
呪いを守り、テオ大神官がオルビオンの頂点に立つためには、再誕聖女ノアを事実上排除して別の聖女をたて、ブランデンとモームに別世界の聖女などいないということを知らしめ、ごねた両国が五賢者を人質として返さない、という展開にする必要があり、そのためにはノアを殺すか幽閉しなくてはならない。
「ブランデンとモームにはこのままオルビオンの盾として存在してもらわねば、歴代の五賢者たちに申し訳が立たぬと同時にオルビオンの兵平和がおびやかされてしまう。呪いを解くわけにはいかぬのだ」
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