39 作戦会議


「な、なんなのこれ……すごい警戒態勢なんですけど」

 大神殿前広場をのぞいたノアは、しげみの中で目を丸くした。


『たぶん、僕たちの遠吠えが原因だと思う』

「え?そうなの?なんで?」

『ラデウム城壁の中に狼か魔物が侵入したと思ったんだろう。さっき、かなりの数の神官兵が街へ降りていった』

『だから僕たちは彼らの裏をかいて、城壁方面へ回りこんでから神殿の丘へ向かったんだ』

「そうだったのね」


 赤々と篝火かがりびかれた広場を見ていたノアは、にっと笑った。


「でも、おかげでここに残ってる神官兵は少ないわ。これってチャンスよね」

『そうだな』

『エルメスはまだかい?』

「そろそろだと思うわ――ほら、噂をすれば」


 見上げれば、夜空に光る星のような白い一点がゆっくりとこちらへ下降してくる。

 エルメスは白い羽を扇ぎ、繁みの枝に優美に留まった。


『お待たせ。マルコス殿に手紙届けたわよ。速攻、宿から出ていったわ。せっかちなマッチョよねえ』

「ありがとエルメス。トレス殿はどうしてる?」

『なんか忙しそうに伝書を出す手配したり、手紙書いたりしてたけど。私も、とか、なんでマルコス殿だけ、とかぶつぶつ文句言ってたわよ』


 エルメスに聞いたままをアルに伝えると、アルは苦笑する。


『トレスには別の仕事を頼んであるからね』

「エルメス、マルコスさんをここまで誘導できる?」

『お安い御用よ』


 エルメスは再び夜空へ飛び立った。


『マルコスが来る前に手順を確認しておいた方がいいな』

「そうね」


 ノアは二頭の頭越しに大神殿前広場を覗く。


「見える? あの篝火の立っている階段。あれが大神殿の正面階段よ。階段を上って入るとすぐに、礼拝堂がある。礼拝堂に地下への階段があるけど、あたしたちは中庭パティオからの階段を使いましょう。そっちの方が間口が広いから二人は動きやすいと思うわ」

『魔法の竪琴が保管されている宝物庫はわかっているのか?』

「ええ。魔法の竪琴は通常、宝物庫のそのまた最奥の地下にあるんだけど、テオ大神官がこの前――あなたたちの国の使者が来た日に密かに竪琴を出していたのを、アンナが目撃しているわ」

『そういえば、俺とマルコスが話を聞いた神官兵も、テオ大神官が魔法の竪琴のある場所に入ったのを見たと言っていた』

「それなら確実だわ。たぶん、魔法の竪琴は建国記念祭典で使うために、最奥の地下から宝物庫の中に出されている。でも厄介なのが、守護獣ガーティアンよ」

守護獣ガーティアンって、何がいるの?ドラゴンとか?』

双頭そうとうの犬よ。馬ぐらいの大きさで、ものすっごい獰猛どうもうなの。獅子でも食い殺されちゃうって聞いたわ」


 ノアはぶるっと震える。一度見たことがあるが、ドーベルマンを馬ぐらいにして頭を二つくっつけて、顔を極悪ブルドックにしたような、まったく可愛げのない恐ろしい犬だった。


「とても賢くて忠実で、食べ物とか宝物とかでは釣られないらしいわ」

『そうすると、おとり作戦だな』


 アルとレオが、ノアを見た。


「え?!あたし?!」


『ノアに囮をさせるのはなんか……嫌だけど』

 小さく呟いたアルの言葉にノアは「え」と振り向く。


『い、いや、なんでもない。この場の最善策は、宝物庫のことを知っているノアに囮で走ってもらって、魔法の竪琴を取ってきてもらうのがいいと思う』

 言ったきり、アルはふい、と向こうを向いてしまった。


(アル……?)

 

『アルの言う通り、それが最も効率がいい。俺たちが守護獣ガーティアンを引き付けている間に魔法の竪琴を取ってきてくれるか』

「う、うん。そうね、それが確かに効率いいかも」


 無理やり笑顔を作って同意したものの、本当はとても怖い。あの双頭の姿を思い出すだけで足がぞくぞくする。


 ふと背中に温かいものを感じて見ると、レオが鼻面でぐいぐいとノアを押していた。


『すまない。だが、全力でおまえのことは守る。絶対に怪我させたりしない』

 そう言うと、レオもなぜか慌てたようにノアから離れて広場を覗ける繁みの方へ歩いていってしまった。


(レオ……?)


 二人ともどうしたのだろう――とぼんやり思っていると、頭上でエルメスの羽ばたきの音がした。


『マルコス殿、来たわよ』


 見ればスロープを、大きな荷車をがらがらと引いてやってくる大きな人影がある。


「は、早っ、もう来たの?! いや、来てくれてありがたいけど、すごい……」

「レオナルド様っ、お待たせしましたぁっ! 不肖ふしょうマルコス、御指名いただいたからには命を賭けてレオナルド様を御守りいたしますっ!」


 隆々りゅうりゅうとした首や肩に汗を光らせ、マルコスは感極まった様子で黒狼の前に膝を付いた。


「……俺じゃない。ノアを守れ」

「は?ノア……聖女様を?どういうことで?」

「言われた物は持ってきたのか」

「ははあっ、これに」


 大きな荷車には、二人分の神官兵の制服が無造作に積んである。


「なんせ神官兵がうじゃうじゃ街にいるもんで。手に入れるのは簡単でした。それがしとお同じ体格の者を探すのは少々時間がかかりましたがな。がはははは!」

「ありがとうございます、マルコス殿」


 ノアが神官兵の制服を手に取ると、マルコスは首を傾げた。


「あの、聖女様? それを一体どうするんで?」

「マルコス殿も着てください」

「はあ、変装というのは心得ておりますが……」


 いまいち要領を得ていないマルコスにかいつまんで作戦の説明をすると、マルコスはぎょろぎょろした目をさらにぎょろりといた。


「な、なんですと!」

「そういうわけで着替えましょう。マルコス殿と、あたしで」


 マルコスは驚きつつ言われた通りに着替え始める。ノアも制服を持って繁みに入った。


「み、見ないでよね」


 アルとレオを振り返って一応言ってみる。狼とはいえ、元の姿は健康な若い男子だ。

 二頭はぎょっと飛び上がった。


「ノ、ノアの着替えなんか見ないよ!」

「そんなもの見るわけないだろうが!」


(そんなにムキにならなくてもいいじゃん……)


 ちょっぴり傷付いた感じがするのは、なぜだろう。

 そう思いつつ、汗臭い制服に顔をしかめつつ、ノアは繁みの中で急いで着替えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る