8 モーム王国皇太子 レオナルド・デ・カスティーリャ
アルフレッドが
「この馬車をどなたのものと心得るぅっ!」
乱闘の先頭で暴れているのは――というか、ほとんどこの男しか暴れておらず乱闘の中心はこの男なのだが――一人の
「モーム王国皇太子殿下の御使者が乘る馬車ぞ!! この馬車への狼藉は皇太子殿下への狼藉と同じこと!! 断じて許さん!!」
巨漢は無茶苦茶な論理を叫び、神官兵たちの装飾用の槍を怪力で折り、馬車の後ろ姿に絶叫する。
「御使者殿ーっ、早くお行き下されーっ! ここは
巨漢がそう叫ぶよりも早く、馬車は乱闘など起きてないかのように
「貴様らぁっ、モーム王国皇太子殿下の御使者の馬車に
聖都ラデウム南大門をくぐった
「ひ、ひいいいい!」
神官兵たちは逃げ出した。
しかし逃げ遅れた最後尾の哀れな神官兵がひとり、後ろから巨漢にむんずと襟首を
「ど、どうかお助けを! わ、私たちは御見送りの随走をせよとテオ大神官に命じられただけで、決して狼藉を働こうなどとは――」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
震えあがっている神官兵に話しかけたのは、巨漢の後ろから現れた長身の青年だった。
青年も一目で武人とわかる
「我らの貴国訪問と時を同じくして、たぶん、いやおそらくきっと、いや間違いなく、ブランデン王国からも使者が来ていたな?」
「そ、それは極秘事項ゆえ……神官兵たる者、神に誓って言えませんっ」
巨漢がぎょろりと神官兵を睨みつけた。
「ではさらばだ」
神官兵の襟首を掴んだまま巨漢が剣を抜く。
神官兵はあわてて叫んだ。
「わーっ、待って待って待ってくださいっ。はいっその通りっ、ブランデンからの使者も来てましたですっ、はいっ!」
青年と巨漢は視線を交わす。青年が口を開いた。
「ブランデン王国の用件は?」
「わ、わかりません。私のような下々の者はそこまでは……あっ、ほんとですって! ほんとに!」
巨漢が再び剣に手をやったので神官兵は必死に言い
「でも……テオ大神官が竪琴を出してたな」
「竪琴?」
「はあ、大神殿の地下に魔法の竪琴を保管している場所があって、ブランデン王国とモーム王国の訪問があった後、その場所に行かれるのを見たんです。でも、なんか人目をはばかっていたような……」
「どういうことだ」
「だ、だから知りませんって。私は下っ端も下っ端なんですから。もう勘弁してくださいよぉ」
神官兵は泣きそうだ。
「仕方ねえ。もういいぞ」
巨漢が襟首を話すと、神官兵はそそくさと馬に乗り、ラデウムに向かって一目散にいってしまった。
巨漢は唾を吐きそうな勢いでその後ろ姿を睨みつける。
「まったく、オルビオンの神官兵など腰抜けばかりですな。兵と名付けるのもおこがましい」
「彼らはそもそも神官なのだ。平和なオルビオンに軍備は必要ないのだから仕方あるまい。それより」
青年は呆れたように巨漢を見上げる。
「ちょっとやりすぎだぞマルコス。あんなにわざとらしいと偽装がバレる」
「は。申し訳ございません。馬車に人が乘っていると思わせるには、あれくらいやったほうがいいと思いまして」
「神官兵を投げ飛ばさなくてもいいだろう。まあいい。それより」
青年は思案するように大きな紫瞳を細めた。
「テオ大神官が人目をはばかって竪琴を出したというのは、どういうことだろうか。ブランデンがオルビオンへ来た用件は我らと同じだと思うが」
「確か、
「ああ、竪琴の噂で聖女のことは耳に入ったのだから、間違いないと思うが」
「聖女に我らの前で演奏させるつもりだったんでしょうか」
「いや、だったら人目をはばからないだろう。あの大神官は少しもそんな素振りを見せなかったし。――聖女の竪琴なら、聞いてみたかったが」
青年がぼそりと最後に言った言葉を、マルコスは聞き逃さなかった。即座に
「竪琴の音色は殿下の――レオナルド様のお苦しみを和らげる数少ない手段。聖女の演奏ともなればなおのこと、伝承の通り、レオナルド様を呪いから解き放ってくれるやもしれません。でしたらこのマルコス、身命を
「……お前が身命を賭さなくても、俺たちは一刻も早く聖女を捕えねばならんのだがな」
マルコスの熱弁に冷静に対応しつつ、青年――モーム王国皇太子レオナルド・デ・カスティーリャは赤茶の馬に乗った。
「我らが今回、
「し、しかしっ。殿下を苦しめる呪いを解くものがあるならば、このマルコス、夢物語にも賭けとうございますっ」
熱く語る側近に、レオナルドは愛ある苦笑をもらす。
「では早く馬に乗れ。今夜は満月だ。聖女を捕えるなら、夜になる前がいい」
「ははあっ。……ですが、聖女はあの大神殿の敷地内に住んでいると聞きましたが?」
「いや、聖女はおそらく、今日中にはラデウムを出るだろう」
「なんと!」
「なにしろオルビオンには時間がない。我が国もブランデンも立太子はもうすぐだし、その妃として聖女を差し出さねば我らモーム王国はオルビオンに攻め入ると宣戦布告したのだからな。そして、たぶんブランデンも同じことを言っただろう。どちらとも事を構えたくないなら、五賢者にして保守派のテオ大神官が選ぶ選択肢は一つ」
「聖女を追放する、と?」
「それが現時点では妥当だ。聖女を追放したうえで、裏工作に走る。どちらとも戦争にならぬように。それが信仰の国オルビオンのやり方だ」
「では、聖女は……」
「今頃、館を出た頃かもしれん。ラデウムからあまり離れないうちに捕えるぞ」
「ははあっ」
風を切って疾走するレオナルドは、
「異世界からきた聖女がどんなふうに
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