47 アルの告白


「西大門の時にもこの聖女見習いのことは引っかかっていたからね。戻ってきて正解だった」


 アルはノアの手を優しく引いて立たせる。


「で、でも、レオは」

「トレスとマルコス殿が運んでいったよ。ふもとの公園に馬もあるというし彼らに任せておけば心配ない」


 アルは一転、厳しい表情でアンナと対峙する。


「君は何か思い違いをしているようだ」

「な、なによ! 貴方、何者なの!」

「西大門で会っただろう」

「なんですって?」


 アンナの顔が驚愕きょうがくに震える。


「ま、まさか……あの時の護衛?!」

「正解。護衛っていうのもあながち間違いじゃないけど、僕は……僕はノアの仲間だ」

「はあ? 仲間ですって?」

「そして、僕とノアは将来を誓い合う仲だ」


 アンナは青く、ノアは赤く、顔色がザっと変わった。


「まさか、貴方様は……!」「何言ってんのアル?!」

「僕はブランデン王国皇太子、アルフレッド・フォン・シュトラスブルクだ」


 アンナの顔が悔しそうに歪む。

「き、聞いてないわ、求婚してきた皇太子がこんな美形だなんて……でも、そうよ、テオ大神官が言っていたわ。ブランデン王国もモーム王国も、国の伝承に従ってノア様を妃にと申し入れてきたって。伝承に異世界からの聖女が呪いを解くと記されているからって。そうよ、伝承にかこつけて利用されてるのよ、ノア様は。聖女が呪いを解くなんて、そんな御伽話おとぎばなし今どき誰も信じないもの。滑稽こっけいな話だわ」


 早口で言いながらアンナは口の端を歪める。


「お気の毒ねえノア様。追放された理由がそんな利己的な求婚だなんて。ま、貴女にはお似合いの仕打ちだわ。せいぜい皇太子様にうて、オルビオンを出ていく支度金でもお借りになったら……いかがっ」


 アンナが何かを投じたのとアルが動いたのは同時だった。


「ノア!」

「!」


 ノアを抱えたアルが床を転がる。

 ノアが立っていた位置に小型のナイフが飛んできて、所在なく床に落下した。


 息を呑んで新たなナイフに手を伸ばそうとしたアンナに、アルが抜いた剣の切っ先を突き付けるほうが速かった。


「気の毒なのは、君みたいに夢を見れなくなった人だよ」


 静かな怒気のこもったその声と鋭い剣先は、アンナを動けなくするのに充分だった。

「戻ってテオ大神官に言うといい。先の聖女所望の申し入れと宣戦布告は取り下げる。しかし、ブランデン王国は将来の妃であるノアに危害を加える者を許さないと。おそらく、モーム王国も同様だとね」

「……くっ」


 アンナは悔しそうに顔を歪めると白い衣をひるがえして走り去った。


「アル……」



 振り向いたアルは、柔らかく笑んだ。

 そして、翡翠色の双瞳が降ってきたかと思うと――そっと唇が触れて、もう一度、今度は優しくついばむように唇が重なり、離れた。



「――そういうわけで、既成事実を作ってみた」


 ぽかん、とアルを見上げたままのノアの顔が、見る間に真っ赤になっていく。


「き、きせいじじつって」

「将来を誓い合うあかしってこと。今はここまでしかできないけど」

「な――っ」


 ノアは開いた口がふさがらない。

(今はここまでって、先も続きもないからっ)


 アルは優しく微笑んで、それから真剣な表情になる。


「今、あの聖女見習いに言ったことは本当だ。我が国はオルビオンに対する今回の訪問の提案を取り下げる。たぶんモーム王国も同じ動きを見せると思う。だからノア、もう君が聖女という立場やオルビオンの行く末に囚われる必要はない。僕とレオが保証する」

「アル……ありがとう」

「御伽話を信じてみるのも悪くなかった。こうして、本当に奇跡に出会えたからね」


ノアの肩を優しく抱いて、アルはささやいた。


「僕こそ、ありがとう。呪いを解いてくれて。再誕聖女ノアに、心からの感謝を。それから……ノアに、僕のすべてを賭けた愛を。もう伝承とか国の事情とかは関係ない。僕が、ノアを生涯の伴侶に望んでいるんだ」


 身体の芯から溶けてしまいそうな甘い言葉をささやかれて、そっと大きな胸に抱きしめられる。アルの心臓の音が心地よくて、つい身を任せてしまう。


「だからノア、ブランデンに行こう」

「うん……って、え?!」


 ぼうっとしてつい頷いてしまってハッと我に返る。


「既成事実も作ったことだし、オルビオンに義理もなくなったし。ノアもブランデンに行ってみたいって言ってたじゃないか」

「い、いやあの、言ったけど言ってないっていうか」


 ノアは混乱する頭を必死に整理する。


「あたしは、その……オルビオンとか聖女とかの縛りを解いてくれたのはありがたいけど、でも、それはブランデンへ行くとかそういうことではなくて、その、だってアルだって皇太子だし、お妃様なんてたくさんこれから候補とか立候補とか」


 あわあわ言い募るノアにアルはくすりと笑う。


「もちろん、すぐにとは言わないよ。レオにもチャンスを与えないとね」


 アルは片目を軽くつぶる。


「考えて決めてくれていいよ。でも、ノアはぜったいに僕を選ぶ」


 まばゆく光が散るような麗貌の微笑みは、絶対の自信の現れ。

 ノアは圧倒されてただただ放心の溜息が出るだけだ。


 美形の圧はすごい――前世ではわからなかった素敵な発見にノアは心躍る。


 そんなノアの手を、アルがぎゅっと握った。

「さ、レオの様子を見に行こう。大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配だしね。それに、あんまり先手を打つとフェアじゃない」



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