45 アンナの叫び


「アンナ!」

 ノアは嬉しさのあまりアンナへ駆け寄った。


「連絡せずに心配かけてしまってごめんなさい。いろいろとゴタゴタしちゃって連絡できなくて」

「いいのですよ、ノア様」


 アンナはいつものようににっこり笑って、それからアルを見て息を呑んだ。


「そ、その方は……その方たちは?」

(アンナ、気付いてないんだ)

 西大門で会った人物とは思っていないらしい。もっとも、あの時はアルもレオもローブにフードを被っていたのでわからなくても無理はない。


(アンナ、どうしたのかしら……?)

 アンナはアルを、呆けたように見ている。その目はなぜかうるんでいた。


「この人たちは……あたしのことを、助けてくれた人たちなの」

「ま、まあ、それはそれは」


 アンナはアルへ近寄り、上目遣いに膝を折る。

「初めまして。あたくし、ノア様のお世話役筆頭の聖女見習い、アンナと申しますわ」


 ねっとりとした熱い視線は男性ならハッとするあでやかさだが、アルは無表情に言った。


「……どうも。申し訳ないが、このように怪我人を抱えていてね。中庭パティオに出る近道を教えていただきたいのだが」

「あら、それでしたらそちらの階段を上がられるのがよろしいですわ」


 アンナは中庭への階段を指した。


「ノア様がお世話になられたのでしたら、ぜひまたこちらへいらしてくださいませ。お礼など、させていただきたいですわ」


 階段を上っていくアルたちにアンナは声をかける。

「神官兵がたくさん戻ってきておりますので、お気を付けて。馬が必要でしたら、あたくしの名前を出していただければお貸しできると思いますわ」

「お気遣い、いたみいる」


 レオを担いだマルコスが階段を上って、その後ろにノアが続く。


「アンナ、ありがとう。今度は本当に連絡するから――」

「ノア様はこちらへ」


 アンナがノアの手を引く。アルが階段の上からとがめるように言った。


「ノアは僕らと一緒に行かなくてはならないんだが」

「少しだけ、ノア様とお話がありますの。ね、ノア様、あたくしずっと待っていたんですもの、少しだけいいでしょう?」


 ノアは考える。少しだけ、少しだけなら。アンナにはたくさん心配をかけたし、今を逃したらもう――会えないかもしれない。


「アル、先に行って。後で追いかけるから」

「でも」

「アンナがいるから大丈夫よ。すぐに追いつくわ」


 アルは不満そうだったが、ひどい顔色のレオをちら、と見て頷いた。


「わかった。僕らはレオを先に運ぶ」

「うん、ありがと、アル」


 三人は急いで、階段を上がっていった。

 ノアはアンナを振り返る。


「アンナ、話って――」


 ノアの湖水の瞳が見開かれる。

 避けたのは、本能的な反射からだ。


 命が危険にさらされる――そういう危険を察知した、本能の。


「……そういえばノア様は、剣術も習われてましたわね」


 アンナは静かに言った。その顔は笑っていない。冷たい無表情が、アンナが振り下ろした大振りのナイフに映っている。


「アンナ?! どうして」

「どうして? それがわからないからムカつくのよ、あんたは!」


 アンナのハシバミ色の瞳には、深淵の底で渦を巻くような憎悪がこもっている。

 まるで別人のようだ。


「貴女さえ再誕しなければ、今頃あたくしが聖女だったのに!」


 アンナの叫びに、ノアは全身が痺れた。


「アンナが、聖女だった?」

「そうよ。あたくしは今もそうですけど、昔も聖女見習い筆頭でしたの。次の聖女になることが決まっていましたのよ。それなのに、貴女が、貴女なんかが再誕したせいで……!」


 知らなかった。誰も教えてくれなかった。


「あたし以外誰が聖女になるっていうのよ。清らかで、しとやかで、なんでもソツなくできて、得意魔法も魔力が高いことを示す召喚魔法よ?おまけに容姿端麗で。周囲もあたしが聖女になるってみんな思っていたのに」


 アンナは再びナイフを振り上げた。


「死んだ聖女にあんたが再誕したから、すべてが水の泡よ!!」


 





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