21 聖女は病に倒れている……らしい



(う、や、やっぱり呼び止められちゃった……。落ち着けあたし、これは想定内よっ)


 立ち止まった三人を大柄な神官兵がじろじろと眺めた。


「怪しい奴らだな。旅券を見せろ」


 三人は判を押してもらったばかりの旅券を出した。

 ちなみにその旅券は、トレスがラデウムの城門近くにいた旅人から譲ってもらったものらしい。「これでちょっと旅券を譲ってもらってきますね」とトレスがニコニコと出した布袋には一体いくら入っていたのだろう。旅人たちが二つ返事で旅券を差し出してくれたというから、相当な金貨が入っていたはずだ。


「……んん? なになに、楽器職人?」

「はい。近くオルビオンでは建国記念日を迎えると聞いて参りました」

「竪琴は祭典に欠かせない物。修理やメンテナンスに職人の手が足りないと思いまして」


 アルとレオがそつなく答える真ん中で、ノアはだらだらと背中に汗をかいていた。

(お願いっ、あたしには話振らないで……!)

 しかしそんなときに限って逆のことが起こる。

「確かに竪琴ギルドの印が入っているな……おい、小さいの。おまえも楽器職人なんだな?」

「は、はいっ」

 半ばアルとレオの背中に隠れるように立っていたノアを、神官兵は怪しむように眺め回す。ノアは生きた心地がしない。


(まずいっ、気付かれたかな、あたしはラデウムでは顔が知れてるから……)


 なるべく見られないようにフードを目深まぶかに被りなおし、下を向く。神官兵はノアをのぞきこんだ。


(お願いっ、気付かないで……!)


「大神殿へ連れていけ」

 大柄の神官兵は後ろに控えていた神官兵に言った。


(げっ、気付かれた?!)


 緊張が走る。ノアの後ろでアルとレオが動こうとしたときだった。


「なにせ、聖女ノア様は異世界から来た奇跡の聖女だ。おまえのような子どもが職人として建国記念日に貢献しようとしていると知ったら、感激してお元気になられるかもしれん」


 ぽかん、としているノアに、大柄の大神官はうんうんと頷いている。


「大神殿に行ったら礼拝堂に設置された、ノア様専用のお見舞い台に記帳してくるがいい。わずか10歳の楽器職人がオルビオンの建国記念日のために仕事をしに来ましたとな」

「は、はい……」

「行ってよいぞ」


 大柄な神官兵は検問を通る人々の波の中へ行ってしまった。


「10歳て……」

 ノアは自分の旅券を見る。確かに、ノアの旅券には年齢が10歳と記載されていた。あたしが10歳に見えんのかどんだけ鈍感だよ神官兵、とノアは安堵あんどから内心ツッコむ。長身のアルとレオに挟まれていたから小さく見えたのかもしれない。


(トレスさんいったいどんな人たちから旅券買い上げたのよ……)

 子どもをダシにした情けに訴える作戦だろうか。

 そう計算した上でのことなら、トレスはおそろしい戦略家だ。それにしても――。


「あの」

 ノアは前を歩く神官兵に聞いた。

「オルビオンの再誕聖女様のことは知っていますが、お見舞い台とは?」

 すると若い神官兵は歩きながら答えた。

「ああ、聖女様は昨日、急に倒れられて、意識が戻らないそうなんです。そういう病らしいんですけど……心配したラデウムの民の声で、大神殿の礼拝堂にお見舞い台が急遽きゅうきょ設置されたんです。そこに聖女様へのお花やお手紙なんかを置いていいことになっているんですよ」

 と教えてくれた。


(そ、そんなことになってるの?!)


 そういえば、とノアは思い出す。テオ大神官は、こう言わなかったらだろうか。

『表向きには、そなたは病を得て寝た切りになったことにする。再誕という奇跡を起こした聖女として、神殿に列聖れっせいの銅像も建てよう。民にも聖女のまま語り継ぐ』


(ほんとに病ってことにしたわけね)

 その裏でノアを捕らえようとしているテオ大神官の真意がわからない。

(とにかくお尋ね者なことに変わりはないわ。用心しないと)


 前を歩く神官兵だって、もしかしたらテオ大神官の配下かもしれない。


「あ、あの、お仕事あるんでしょう? あたしたちだけで大神殿は行けるので」

 ノアが声をかけると、神官兵は振り向いてホッとした表情になった。

「そーなんですよ。実は持ち場離れるとまずいんです。大神殿は、ほら、ここから見えるでしょう。あの丘の上の建物ですよ」

 

 神官兵が指す先に、白亜の壮麗な建物群がある。

 それらはゆるやかな丘の上にあり、ラデウムのどこからでも見えるし知らない人でもあれが大神殿だとわかるような威容のある建築物だ。


「じゃあ、私はこれで。建国記念日が近いので混雑してますから、お気を付けて」

 と言って去っていった。


「おい、お尋ね者なんじゃないのか、おまえ」

 後ろから黒いローブのレオが突つく。

「いや、間違いなくお尋ね者なんだけど……」


 ノアはテオ大神官に言われたことを話した。


「今の話では、民にとってノアはまだ聖女のままってことなんだね?」

 とアルが言う。

「このラデウムには、ノアをお尋ね者として探している者と病に倒れた聖女としてあがめている者と、両方いるってことだ。神官兵でもテオ大神官から密命を受けている者はノアを追っているだろうし……誰がどっちだかわからないから、気が抜けないな」

「面倒だな。大神殿には簡単に行けそうだが、案内役ナビがいたほうが安全だ。誰か頼れる者はいないのか」

「うーん……」


 頼りになると言っても、この世界に友人などいないし、家族もいない。

 家族同然といえば同じ館で暮らしていたアンナをはじめとする聖女見習いたちだが、彼女たちを巻き込まないためにそもそもノアはラデウムから脱走したわけで――。


 ノアが悶々もんもんと考えているそのときだった。


「……さま。ノア様!」


 人混みの中、誰かに呼ばれた気がする。ノア


 フードがずれないように周囲をきょろきょろすると、レンガ造りの建物と建物の間からやはりローブのフードを目深に被った人影が目に留まった。

 そのローブには見覚えがあった。


「まさか……アンナ?!」





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