第42話

 サカキは泣いていた。


 まだ、始まってもいないのに、だ。


「おい、サカキ…、」

 カルロが隣で呆れた顔をしている。

「これがっ、これが泣かずにいられるか、ええっ? クララが、クララがこんな大きな会場でピアノをっ、ピアノを弾くんだぞっ?」

 二枚目のハンカチを濡らしながら、舞台を見つめ、泣く。

「まぁ、そうだな」

 カルロもフッと顔をほころばせ、舞台に視線を移す。


 始まりのブザーが鳴り、会場が暗くなる。サカキは、漏れ出してしまいそうな嗚咽を必死に堪え、桜色のドレスに身を包んだクララを見つめた。ゆっくりと舞台中央へ。会場に向かって一礼し、大きなグランドピアノに向かう。


 曲はジムノペディ……。


「これは…、」

 カルロが呟いた。

「クララが選曲した。お前のためにな」

 若干しゃくり上げながら、サカキが言う。


 アルロアがカルロのためによく弾いていた曲。クラッシックになど興味がないカルロが、唯一好きだといった曲。

「……そうか、」

 カルロは、少し大人びた姿の娘を、複雑な気持ちで見つめた。


 静かに、曲が終わる。


 会場からの拍手に応えるように、クララが笑う。

 その時だ。


 パーン! パンパーン!


 大きな音と、舞う、紙吹雪。


 会場からワッと歓声が上がる。


 クララが、一瞬驚いた顔をした。が、次の瞬間には満面の笑みをたたえ、観客に向かってお辞儀をした。そこに、客席から近付く一人の人物。

「ぬぬ? なっ、あいつっ」

 サカキが前のめりになる。

 その人物はひょい、と舞台上に上がると、クララに向かって歩き出した。


「クララ、すごくよかった!」

 ヴィグはそう言うと何もない空間からバサッと花束を出す。この日のために練習したマジックである。

「うわぁ、ヴィグ、素敵!」

 目をキラキラさせ、花束を受け取るクララ。会場からの歓声がひときわ大きくなる。


「くそっ、あいつめぇぇぇ!」

 客席ではサカキが悔しそうにハンカチを噛んでいた。





 会場に勝手に花吹雪を仕掛けたレイナとラ・ドーンは、関係者から大目玉を食らっている。が、無事にマクレ芸術祭は幕を閉じたのである。


 ボギー逮捕から三週間が経とうとしていた。

 ボギーは大怪我を負ったものの、命に別状はなく、無事に収監された。


 ボギーは警察に捕まった時、一定時間仮死状態になる薬を使って死んだように見せかけていたらしい。

 のちの検査で露見したものの、逮捕時に発見されなかったのは、その薬が歯に埋め込まれていたせいだろう。

 彼は二度目の逮捕の際、こう言ったそうだ。

「ドーナツなんか買わなきゃよかったぜ」

 と……。(好物だったらしい)


 そして勝手に銃を持ち出し、発砲したラ・ドーンだが、彼が元シールズであること、人質を救うための行動であったこと、銃の国際ライセンスを持っていることが考慮され、罪に問われることはなかった。……というのは建前で、警察署の面子を保ちたかったというのが本音だろう。


 死んだと判断した被疑者が生き返り、刑事から銃を奪った上、一般人を人質に取り逃走、などとあってはマスコミの格好の餌だ。それを避けるため、銃を撃ったのはカルロだということになっている。署長のラカム・シオダが、どうやらかなりのやり手のようで、体のいい隠ぺい工作ではあるが、すべてを丸く収めてしまった。

 それどころか、ラ・ドーンはラカム・シオダに「うちに来ないか?」とスカウトまでされていたのだ。


『カルロ様とバディを組めるならぁ、考えてもいいかもぉ~♡』

 などと乗り気な姿勢も見せていたラ・ドーンだが、最終的には

『汗臭い男の世界は、もうお腹いっぱいだから、い・か・な・い!』

 と、断ったそうだ。


 そして、カルロが疑っていたサカキの「裏でコソコソ何をしている話」だが、結局はカルロを煙に巻くことが出来ず、今までの悪事をすべて話す結果となってしまう。

 が、幼稚園バスを襲った事件は、幼稚園側に確認を取ったところ、あれはサンダーマンが来られなくなり、残念がっていた園児たちを喜ばせるための余興だったと言われ、事件だなどとは思っていないとの証言。実際にその場に居合わせた新米保育士トワコに至っては、


『あの時の俳優さんにもう一度会いたい!』


 と、カルロに飛び掛かる始末。


 そして誘拐事件に関しては、ヴィグが、


『俺が勝手に付いていっただけだ』


 と言い切った。


 結果的には、彼への虐待を発見し、警察に通報。現在サカキはヴィグの養父になってもいるので罪に問われることなどなかった。


 問題は、ビルの爆破なのだが…、


 ボギーが派手に爆破し、跡形もなく燃やし尽くしてしまったせいで、サカキたちが爆破をした証拠が何一つ残っていないのだ。結果的には、何もしていないことにされてしまった。


 ハッキングや警察無線への割り込みは……カルロが飲み込んだのである。

 勿論、耳にタコが出来るほどの説教を食らい、厳重に注意をされたが。


 つまり、悪の大結社は、何一つ法に触れることをしていない。


 そして、ヘブンが解体された今、マクレ三番都市の「裏」を取り仕切っているのは、なんと、まっさんである。もちろん、まっさんを動かしているのは、かつてリベラルのナンバー2だった、姉の花さん(七十一歳)なわけだが。





「で、お前まだ馬鹿な事続けるのか?」

 カルロが呆れたように訊ねる。

 サカキはフッとニヒルな笑みを浮かべ、

「馬鹿はお前だぞ、カルロ。俺はな、クララの幸せのためなら世界征服でも人類救済でもなんでもするぞ?」

 と、高らかに宣言した。


「……お前には敵わんよ」

 カルロは何とも言えない表情を浮かべ、そんなサカキをただ、見つめた。


 サカキはキラーンと目を輝かせ、

「はーっはっは。そうだろう、そうだろう。この、サカキ・マサル様にかかればマクレ三番都市警察署の殿もお手上げだと認めるのだな!」

 満足気に笑うと、ベンチから立ち上がる。


 ホールから、ラ・ドーン、レイナ、クララ、ヴィグが歩いてくるのが見えた。ようやく解放されたか。


「サカキ―!」

 ヴィグが大きく手を振る。

「んもぅ、社長も一緒に怒られてくれると思ったのにぃ!」

 ラ・ドーンがクネクネしながら言った。

「何を言うか! 私は何も知らされていなかったんだぞ!」

 花吹雪の件も、ヴィグのサプライズ花束の件も。

「だぁって、社長に言ったら悪乗りして会場ごとジャックしかねないと思ってぇ」

 レイナが唇を尖らせた。


「おじさま、今日はありがとう! とっても楽しかったわ!」


 クララが笑う。


 ああ、そうだ。

 この笑顔のためなら、なんだって出来るのだ。


 サカキは満面の笑みで、クララを見つめたのである。



 そう。

 どう思われようと、これは壮大な愛の物語なのだ!




(完)

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