第40話
マクレ三番都市警察署には、入り口横にちょっとしたイートインコーナーがある。軽食やデザートのようなものならすぐに食べられるようになっていた。中でも人気なのは、ドーナツ。揚げたてサクサクなのだ。
「ん~、おいしっ。いつ食べてもここのドーナツは無駄に美味しいわぁ~」
ラ・ドーンが三個目を平らげた後で満足そうに言った。隣では口の周りに砂糖の粉をいっぱいつけたヴィグが無言でドーナツを口に頬張っている。
「ハルさん、大丈夫かな…、」
クララが上の階を見遣り、そう呟く。
「んもぅ、心配したってしょうがないわよぉ。あとは本人がしっかりやるしかないものぉ」
「そうですね…、」
頷き、目の前に置かれたドーナツを手に取る。小さい頃から食べ慣れた味だった。母、アルロアもここのドーナツが好きだったらしく、よくカルロが買って帰ってくるのだ。
ドーナツを頬張りながら、何とはなしに周りを見渡す。制服の警察官もいれば、一般人もそれなりに来ているようで、イートインコーナーには不特定多数の人間がごった返している。
「……え?」
クララがドーナツをぽとりと皿の上に落とす。一点を見つめ、固まっていた。
「ん? クララ?」
ラ・ドーンが首を傾げてクララに声を掛けた。クララは驚いた顔のまま、動かない。
「ねぇ、どうかしたの?」
ラ・ドーンがクララの視線の先を追う。レジに並んでいる一人の男だ。
「あ…れ、ボギーさん…?」
逮捕されたと聞いた男が、レジに並んでいるはずなどない。しかし、帽子を目深に被ってはいるが、クララには間違いなくボギー本人に見える。
「はぁ? 逮捕された人? そんなわけないじゃないのぉ」
手をパタパタさせて、ラ・ドーン。しかし、レジで会計をするその横顔に、自分も見覚えがあったのだ。昨夜、レイナから受け取ったボギーの顔写真……。確かに、似ている。
「嘘でしょ? 本人なの? おかしいわね。どういうことなのかしらっ」
声を潜めて、顔を突き合わせる。
ヴィグが最後のひとかけを口に放り込み、粉砂糖だらけの手を払った。
「俺、念のためサカキ呼んでくる。クララは面が割れてんだろ? もし本当にそうだったらヤバいから、バレないように隠れとけよ」
ごもっともである。
ヴィグはスッと立ち上がると、二階へと走って行った。クララとラ・ドーンは、なるべく顔を上げないよう、注意しながらボギーらしき人物を見張った。
レジが終わった男はそのまま出口へと向かう。このままだと出て行ってしまうが、さすがに後を追うのは…、などと考えていると、
「あ、いたいた! ラン、クララ~!」
ちょうど入ってきたレイナと男がぶつかり、男の被っていた帽子が落ちてしまう。
「あ、やだごめんなさ…あれ?」
レイナが男の顔を見る。
「あんた…、」
クララが息を吞む。
ラ・ドーンも口元を手で覆った。
それは、まぎれもなくボギーその人だったのである。
ヴィグは一段飛ばしで階段を駆け上がると、近くにいた警官を捕まえる。
「サカキはどこ!?」
「へ? ああ、カルロさんと話してる人のことかい? だったらそこの会議室に、」
「ありがと!」
返事もそこそこに会議室のドアを力任せに開け放つ。
「サカキ!」
中ではサカキとカルロが神妙な面持ちで見つめあっていた。が、そんなことはどうでもよかった。
「サカキ、大変だ! なんでか知らないけど下にボギーがいるらしい! あいつ、逃げ出したのかっ?」
そう叫んだヴィグを見て、二人が顔を見合わせる。
「ヴィグ、何を言っている?」
「だーかーらっ、イートインコーナーにボギーがいるんだって!」
そう、説明するのだが、どうもうまく伝わっていないようだ。
「いや、それは有り得んぞ、ヴィグ」
サカキは少しも慌てず、言い切った。
「はぁ? なんでっ?」
イラつくヴィグに、カルロが告げる。
「ボギーは死んだんだよ、ヴィグ」
「……死んだ?」
どういうことなのだろう?
「じゃ、クララがボギーだって言ってた男の人は、ただの似てる人ってこと?」
混乱する。
ただの見間違いだということなのか?
だったら騒ぎ立てることなかった。
「そ…そうなんだ。じゃ、」
恥ずかしさに顔を赤く染め、部屋を出ようとした時だった。
「カルロさんっ、」
額から血を流したミハラ刑事が会議室に飛び込んでくる。
「な、どうした!?」
「奴が…、ボギーは生きてますっ」
そう叫ぶと、その場に膝をつく。
「はぁ!?」
「なんだとっ?」
サカキとカルロが立ち上がった。
「すみません、自分、銃を…、」
肩で息をする彼が何を言わんとしているかは聞くまでもなかった。
最悪の事態だ。
「じゃ、やっぱり下にいた男は……」
ヴィグが呟いた。
同時にカルロとサカキが走り出す。
「ヴィグはそこで彼の応急処置! いいな!」
追いかけてこないよう、任務を与えておく。返事は待たない。
「一体どうなってる!?」
走りながらサカキが問う。
「俺にもわからん!」
カルロが厳しい顔で答えた。
一階から悲鳴が聞こえてきたのは、その時だった。
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