第39話
「……は?」
カルロは眉をひそめ、サカキの顔をまじまじと見た。
「本当なのか?」
「何度言わせる気だ? こいつが誘拐事件の実行犯の一人で、自首しに来た。名前はシュンで、偶然にもうちのレイナと同じホームの出だ。それで、」
「いや、ちょ、ちょっと待てサカキ」
カルロが話の腰を折る。
「とりあえずこっちへ来い」
会議室へと二人を誘導し、椅子に座らせる。
「自首はわかった。だが、なんで誘拐犯がお前と一緒にいるんだ? クララはどうした?」
サカキは片方の眉毛だけを器用に上げると、困惑しているカルロに向かって自信満々で答える。
「ああ、昨日は全員で事務所にお泊りだった。で、お前が聞き出せなかった誘拐の一部始終をクララから聞いて、ここに来た。シュンは…まぁ、成り行きで拾った感じだな」
大事なところは割愛しつつ、シュンを引き渡す。なるべく『本人の意思でここに来た』ようにした方がいいだろうという判断だ。
「クララ、お前には話したのか……」
カルロが唇を噛む。
頑なに誘拐事件を語ろうとしなかったクララ。もちろん、何かわけがあっての事なのはわかっている。だが、それを実の父である自分にではなくサカキに話した、というのが、カルロにとっては少なからずショックだった。
裏腹に、そんな悔しそうなカルロを見て、内心踊り出しそうになるサカキである。
「クララは素晴らしい子だ。お前に話をしなかったのも、わかっているとは思うが、彼女なりにきちんとした理由あってのことだ。今日は話してくれるだろうから、ちゃんと聞いてやってくれ。今は下にいる」
「……わかった」
カルロは目を閉じ、深く息を吐いた。
「しかし、ボギー逮捕で、もう事情聴取はしているんだろう?」
ある程度、誘拐に関しての情報は聞き出しているはず。
「ああ、それが…ちょっと困ったことになってな」
カルロが表情を曇らせ、俯く。
「なんだ、口を割らないのか?」
「ああ…まぁ、どうせすぐわかることだから話すが、ボギーは死んだ」
サクッと衝撃的なことを言われ、サカキとシュンが絶句する。
死んだ……?
「はぁぁ?」
「嘘だろっ?」
サカキとシュンが同時に叫んだ。
「なんでっ?」
シュンが立ち上がり、カルロを見下ろした。
「心臓発作らしいが、詳しいことは検死待ちだよ」
「なんてこった」
サカキが天井を仰いだ。
せっかく奴の退路を断って警察に差し出せたというのに、まさか死んでしまうとは。
「……なぁ、本当に死んでたのか?」
シュンが意味深な一言を発する。
「俺も疑問だったからな、さっき確認してきたところだ。死んでたよ」
自分では脈を取っていないが、デルディオが診ている。間違いはないはずだ。
「ボギーの兄貴が…信じられねぇ」
シュンが眉間に皺を寄せた。
「んじゃ、とりあえず取調室に行こうか。サカキにはまだ話がある」
「ああん? 俺はお前と話すことなんかないが?」
嫌そうに仰け反る。が、サカキを見るカルロの目はちっとも笑っていなかった。
カルロはデルディオを呼ぶと簡単に事情を説明し、シュンを取調室に連れて行ってもらった。二人だけになった会議室。何やら、不穏な空気である。
「……単刀直入に聞く。お前は裏で、何をやっている?」
ギクッ
明らかにこれは、ヤバい質問だ。
サカキは全身を硬直させながら、しかしその緊張を表には出すまいと必死でポーカーフェイスを決め込んでいた。
「裏ってなんだ?」
冷静かつ機械的に、質問に質問をぶつける。カルロはじっとサカキを見つめたまま、続けた。
「コソコソと俺に隠れて、何をしているのかと聞いているんだが?」
サカキは背中を変な汗が流れていくのを感じていた。
(どこまでバレたんだ?)
事と次第によっちゃ、逮捕されかねない気がする。ここは慎重に答えを…、
「無線に割り込んでボギーのことを俺に知らせたのは、お前だな?」
「ほぅぇぁっ?」
いきなり核心を突かれ、思わず変な声が出る。無線に割り込むのって、何罪なんだろう?
「……やっぱりか」
はぁぁ、とカルロが長く、深い溜息をついた。そして、続ける。
「クララはヤツの計画を知っていたのか? それともお前がクララの話を元に推理しただけなのか? しかし、何故船だとわかった? もしかしてお前、ボギーを追ったりなんかしてたわけじゃないよな? いくらクララのためとはいえ、危険極まりない行為をしているんだとしたらさすがに俺はっ、」
「ちょ、ちょちょ、待てって!」
珍しく感情的になり喋りまくるカルロを手で制する。
「確かにクララから誘拐時の話は聞いた。クララはな、自分を助けてくれたシュンを、何とか更生させたいと言ってきたんだよ。だから俺は、クララに聞いた話を元にシュンを探すことにしたんだ」
とりあえずここまでは嘘じゃない。
「で?」
カルロが促す。
「ある筋からボギーの依頼主がパラダイスシティのCEOらしいって聞いて、オフィスに向かったのさ。そうしたら警察車両がわんさか来て、まぁ、なんかあったんだろうな、と」
ここまでも嘘はない。
「……ある筋って?」
「ああ、昔の知り合いだ。ヘブン、なんて組織が出来るずっと前にこの辺りを締めてた組の関係者だよ」
「リベラルのかっ?」
驚いた顔で、カルロ。
リベラルといえば、伝説とも言われる闇組織だ。関係者のほとんどが既に雲隠れしているものの、その結束力や繋がりは未だ健在だとも聞いていた。それを束ねているのが当時組を仕切っていた男の女房なんだとか……。
「さすがに詳しいな。その、リベラルの関係者からまぁ、ちょっと話を聞いて、だ」
段々苦しくなってくる。このままだと全部バレそうだ。それはヤバいのではないだろうか。ハッキングや無線傍受、爆破までやっているのだし。
(どうしよ…、)
今更ながらに、法の順守を破ったことへの後悔を感じずにはいられないサカキなのだった。
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