第38話
走り去ったレイナはさておき、サカキたちはシュンの決意を確認し、その足でマクレ三番都市警察署へと向かうこととなった。
クララの証言もあり、自主的に出頭することもあり、今回の件に関して言えば、そう酷い仕打ちを受けることはないだろう。
前科に関しては、また別だが。
警察署に着くと、サカキは近くの警官に声を掛けた。
「すまないがカルロ・ベルを呼んでくれないか?」
「カルロさんですか。今立て込んでるんじゃないかなぁ、」
上の階を見ながら、呟く。
「何かあったのぉ?」
ラ・ドーンがサカキの後ろからにゅっと顔を出す。
「いや、まぁ、ちょっと大変なことに、ええ」
モゴモゴと言葉を濁す。
「ええい、埒が明かんな。仕方ない、ちょっと行ってくる。ラ・ドーンはクララとヴィグを連れて食堂で待っててくれ。シュンは一緒に来い」
サカキがシュンだけを連れ、勝手知ったる署内を二階へと案内する。
「ハルさん、行ってらっしゃい」
クララがシュンに向かって声を掛ける。シュンは、はにかみながら黙って頷いた。
(チッ、デレデレしやがってっ)
とにかく心が狭いサカキである。
「ほれ、行くぞっ」
シュンの腕を引っ張り、階段を上がる。二階はガラス張りの刑事課エリア。捜査第一課は何故かガランとしている。全員総出でボギーの取り調べでもやっているというのか?
「どこにいるんだ、あいつは」
被疑者死亡の一報を聞き、二人はすぐに確認に向かった。監察医がファイルを片手にこちらを見た。
「で?」
カルロが促す。
ベテランの監察医であるマキオ・スミダが首を振る。
「今のところなにも。ただ、心臓が止まった、ってことしかわからんな」
「そうか」
カルロが深く息を吐き出す。
「なぁ、確かめてもいいか?」
隣のデルディオがボギーを指し、言った。
「私を疑うとは、随分偉くなったもんだな、デルディオ」
あからさまに嫌そうな顔で、マキオ。
「いや、だって、」
「まぁ、気持ちはわかるさ。せっかく逮捕した大物があっけなくホトケになっちまったらそりゃショックだろうよ。好きなだけ確認してくれ」
手をピラピラ振りながら、マキオはデスクへと向かった。
デルディオはチラ、とカルロの顔を見ると、ボギーの手を取った。脈を診る。なるほど、完全に事切れているようだ。
「マジかよ…、」
はぁ、と息を吐くデルディオ。
「蘇生は?」
カルロがマキオの背に向かって言った。
「勿論、やったさ。無駄だったがね」
「そうか…、」
逮捕をきっかけに心臓発作、というのは、ない話ではない。いわゆるショック死に似たやつだ。
「検視は?」
「書類が通り次第、すぐだ」
お役所仕事、とはよく言うが、勝手に被疑者を切り裂くことは出来ない。とはいえ、最速で手続しているだろうから、今日中には何らかの答えが出るはずである。
「邪魔したな、マキオ」
カルロは片手を上げると、デルディオを促して霊安室を出た。やはりパッと見に外傷はない。検視結果を待たなければ死因の特定は無理だろう。ボギーから話が聞けなくなるのは痛いが、被疑者死亡での書類送検は致し方ないことだ。
「あ、カルロさん!」
息を切らしやってきたのは若いミハラという刑事。
「お客さん、来てますよ」
「客?」
「サカキさんです」
「ああ、」
ちょうどよかった。確認したいこともあったのだ。
「どこに?」
「オフィスにいます」
「わかった」
カルロは急ぎ足でオフィスへと向かった。
その後ろ姿を見送ると、
「で、どうでした?」
ミハラが興味津々といった顔でデルディオに訊ねる。
「やっぱ死んでた」
「うわぁ、そうなんですかぁ…、」
がっかりした声で、ミハラ。彼の反応は署員の総意だ。ボギーは未解決事件を多数抱えていた。奴の逮捕でどれだけの情報が得られるかを考えたら、今回の損失は途方もないものではあるのだが……。
「お前も確かめて来いよ」
「え? いいんですかっ?」
霊安室に足を踏み入れる機会などあまりない。ましてや凶悪犯の最期を見届けることなどもっと稀なことだ。
「ちょっとだけ、見てこようかな…、」
「ああ、社会勉強だ。行ってこい」
ハハ、とデルディオが笑って肩を叩いた。
「俺は上に戻る」
「はいっ!」
ミハラは大きく頷くと、デルディオを見送り、霊安室の扉を叩いた。
「失礼します! お忙しい中すみませんっ」
元気いっぱいに挨拶をし、中へ。
薄暗い部屋に似つかわしくない、軽い足取りで、奥へ。
ベテラン監察医、マキオ・スミダは若手に厳しいことでも有名だった。緊張気味に声を掛ける。
「あのぅ、ミハラですが、ちょっとだけ、よろしいでしょうか」
そーっと奥の部屋を覗く。マキオはこちらに背を向ける形で座っていた。よく見ると、小刻みに肩が震えているのがわかる。
確かにここは他の部屋より寒い。だが、震えるほど寒くはないと思うのだが……。
「デルディオさんに許可は取ったのですが、ホトケさんの確認をさせていただきたくて、ですね…、」
マキオは一向に振り向こうともしない。さすがになにかおかしいと感じたミハラが、ゆっくりと懐の銃に手を伸ばした。
その微妙な『間』に気付いたのか、マキオがパッと振り返る。
「いかん!」
手を伸ばし、なにかを制止する仕草を取る。
ガンッ
頭に一発の衝撃。
何が起きたか確認することも出来ず、ミハラはそこで意識を手放したのだった。
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