第37話


 すずめがチュンと鳴く。


 朝である。


 遅くまでてんやわんやだったサカキ、ラ・ドーン、レイナ、そしてシュンは事務所で各自、仮眠を取った。完全に寝不足である。


「ふぁぁ~」

 最初に起き出してきたのはヴィグである。寝ずの番をするつもりだったのに、いつの間にかぐっすり眠ってしまっていたことに若干の後ろめたさを感じはしたものの、クララは無事である。二段ベッドからは規則正しい寝息が聞こえてきていた。


 そしてサカキたちを見に来たのだが…、


「あれ? 増えてる?」

 昨日はいなかったはずの男が一人、部屋の隅で横になっていたのだ。

「まさか…、」

 ヴィグが体を強張らせた。

「侵入者!?」


 落ち着いて考えれば、侵入者は床で寝たりしないとわかりそうなものだが、まだ昨日の興奮冷めやらぬ状態のヴィグは、大分的外れな誤解をしたのだった。


「てめぇっ、どこから入ってきやがった!」

 シュンに馬乗りになると、バシバシとシュンの顔を叩き始める。

「うわっ、なんだ、いてっ」

 不意に襲われ、慌てて飛び起きるシュン。騒ぎを聞き、サカキたちも目を覚ました。


「ヴィグ、なにしてるっ?」

「サカキ、侵入者だ! 早くやっつけろ!」

「やだぁ、ヴィグったら、ご・か・い!」

 ラ・ドーンがきゃらきゃらと笑う。

「ヴィグ、落ち着けっ、そいつは侵入者じゃない!」

 サカキが何とかヴィグを落ち着かせようと割って入る。と、


「ハルさん!?」

 ドアを開けて入ってきたのは、クララ。

「クララ…?」

 シュンがヴィグに組み敷かれた状態のまま、驚いた顔でクララを見上げた。

「へ? ハルさん? この人が?」

 ヴィグはシュンを殴る手を止め、サカキを見た。サカキが大きく頷いた。





「……悪かったな」


 菓子パンをかじりながら、ヴィグがシュンに謝る。


 事務所内には大した食料がないため、コンビニで買ってきたパンで朝食を済ますことになった。


「ああ、いいよもう」

 バツが悪そうにシュン。


 クララはニコニコしながらそんな二人を見遣っていた。


「でも本当に、会えて嬉しいです、ハルさん…じゃなかった、シュン…さん?」

 本当の名前は春と書いて、シュンなのだそう。レイナが捕まったあの事件をきっかけに、ハルと名乗るようになったんだとか。

「ああ、どっちでもいいよ、クララ」


 ピキッ


 サカキが人知れずシュンを睨む。

 この男、クララを見るときの目が優しすぎるのだ。サカキにはわかる。


(クララを見初めたことは褒めてやろう。だがお前にクララは高嶺の花過ぎだ! 寄るな! 話すな! ええいっ、むかつくヤツめぇぇ!)


 子供じみた嫉妬である。


「ところで、だ。これからどうする?」

 半ばシュンを睨みつけながら、サカキ。

「ねぇ、ハルさん。ちゃんと警察で今までのこと、話してくれない? そして罪を償って、やり直してほしいの」

 クララがじっとシュンを見つめて、言う。キラキラのその眼差しに、思わず顔を赤らめる、シュン。

「それは…、」

「父には私からも話すわ。ハルさんのおかげで私は助かったんだ、って。だから、ね?」


 クララの言うことはわかる。シュンとて、今のまま逃げ切れるとは思っていなかった。大体、今から逃げようとすれば、ここにいる全員に迷惑をかけることにもなるのだ。


「私も賛成。もう危ないことしてほしくないし、何より……あんたは優しすぎるから裏の世界には向かないわ」

 レイナがそっぽを向いて、呟く。

「向かない、って、なんだよっ」

 レイナの言い方に棘を感じ、突っかかる、シュン。

「だってそうでしょっ? こっそりクララのこと逃がしてさっ、ボギーにばれたら殺されてたでしょうっ?」

「そっ、それはっ」


 ぐうの音も出ない。


 レイナが怒っているのもわかる。自分を心配してくれているのだ。無鉄砲で、命を疎かにするような行動に対して、彼女は怒りを覚えているのだろう。


「大体、いつだって後先考えなさすぎなのよねっ。もっと早くに真っ当な道選んでてくれたら私だってさっ」

 そこまで言って、ハタ、と口を閉ざす。


「私だって、なんだよっ」

 シュンが突っ込む。

「わ、わ、わ…なんでもないしーっ!」


 バチーン


 レイナが顔を真っ赤にしてシュンを叩いた。そしてそのまま、走って部屋を出て行ってしまう。


「……あらやだ、レイナちゃんたら、可愛いじゃなぁい」

 ラ・ドーンが頬に手を当て、目を瞬かせる。


「女って、こわ」

 黙って事の成り行きを見ていたヴィグが小さな声で呟いた。サカキがそんなヴィグの言葉に頷いてみせる。


 叩かれたシュンは茫然としたままレイナの後ろ姿を見送っていた。

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