第22話
「サカキッ、ドア開けろよっ」
両手に抱えきれないほどの荷物を抱え、ヴィグが叫んだ。叫ばれたサカキの方はというと……こちらはヴィグ以上に荷物を抱えているのだ。
「ちょっ、待ってくれ、鍵が、」
ポケットを探り、やっとの思いで鍵を取り出す。荷物を一端床に置き、鍵を開ける。
「大丈夫かよ、金」
何度目かわからない同じ問いかけがヴィグの口から発せられる。買物に出たはいいが、サカキの張り切りようといったら凄いのだ。あれもこれもと買物カゴに詰め込む始末。
元々金遣いの荒い方ではなく、家庭も持たなかったせいで金銭的には裕福だった。それに、こんな風に誰かのために金を使うというのが大好きなのだ。張り切るのも無理はない。
「大丈夫だって言ったろう? 何度も言うな」
上機嫌である。
「ったく、」
ヴィグはというと、呆れたような素振りを見せながらも顔はほころびっ放しである。嬉しいのはサカキ以上なのだろう。
「ほら、中に運べ」
紙袋を引きずりながらサカキが急かす。と、いうのもラ・ドーンやレイナたちとの約束の時間までもうあまりないのだ。
「ヴィグ、じゃあ私は出掛けるからな。いつものように鍵を閉めて、知らない人が来ても安易にドアを開いてはいけないぞ」
「わかってらぃ! 俺だって子供じゃねぇよ」
子供だ、って。
「夕飯までには戻るが、腹が減ったら先に、」
「だぁぁっ、いいから行けよっ」
げしっ
サカキの尻を蹴り上げる。ヴィグ流、愛情表現……か?
「では、出掛けるぞ」
「へいへい」
「馬鹿たれっ、『行ってらっしゃいませナイトキース様』くらい言えんのかっ」
「何でだよっ」
「私は総帥だぞっ。言っておくがな、仕事中は私を『サカキ』などとは呼ぶなよっ。いいな? いつ、いかなるときもだっ」
「わぁーったよ」
「うむ、」
いつものように仲良く喧嘩し、満足したところでサカキは家を後にした。あまり遅れると総帥としての威厳にかかわる。十分までは『重役出勤』十一分からは『時間にルーズなだらしない奴』と決めているのだ。
「……やっと行ったぜ」
サカキを見送り、一安心した後に荷物に取りかかる。犬や猫たちに荒らされる前にタンスに仕舞っておく必要があった。ここに来てから片付ける癖が付いたのはひとえにあのペットたちの躾の悪さからだろう。その辺に置いておこうものならあっという間によだれまみれ、ボロボロにされてしまうのだから。
「こらっ、テツ、あっちに行ってろっ」
すり寄ってくる三毛猫を足で軽く小突き、奥へと進む。全ての荷物を片付けるのに優に一時間を要していた。
「これは俺の、俺の、サカキの、俺の、俺の、俺の、サカキの、俺の、俺の、……って、俺のばっか」
仕分けしながら眺める。近く、学校に通うということで文具類などもあるものの、その多くは衣服である。成長期だから必要最小限あればいいからと言ったのだが、
『怪盗の基本はお洒落であることだっ。お洒落を舐めてはならんっ。お洒落はそんなに簡単に身に付くものではないのだぞっ。幼き頃からの研究。これがポイントになるっ 』
と力説した。
そんなわけでおよそ学校に来ていくには派手だろうと思われる洋服がずらりと並んでいるのだった。
「ったく、派手好きだな、サカキは」
ちなみに、ヴィグはサカキの普段着を見立てたのだが、これがなかなかどうしていい趣味なのだ。サカキの趣味が後々ヴィグのセンスを邪魔しなければ良いのだが……。
「ふぅ、」
一通り仕舞い終わったところで電話が鳴った。
「……なんだ? サカキの奴、電話持って行ってないのかよ?」
サカキには割と電話が多く掛かってくる。これもサカキの人柄なのだろうが、掛かってくる電話の大半が悩み相談なのだ。今の仕事を辞めても『悩み相談室』でも開けば充分食べていけるのではないかと思えるほどだった。だが、大抵その手の電話は夜遅くである。
「はいはい、」
どたどたと廊下を歩き、かったるそうに電話を取った。
「もしもし?」
『もしもしっ、サカキかっ!』
相手はかなり慌てているとみえ、早口だ。
「サカキは出掛けてますけど」
『……ああ、ヴィグ君だね?』
一瞬間があり、落ち着いた声になる。
「どちら様ですか?」
自分の存在を知っている人物はそう多くはないはずだ。まだここにきてから一週間足らずなのだから。
『カルロ・ベルだが……サカキから聞いているか?』
「ああ、」
例の、サカキが熱を上げているクララとかいうガキの父親だ。警察署に勤めている……確かサカキとは敵同士だったはず。
「はい、聞いてます」
声に緊張が隠る。サカキたちの企みがばれたのかと危惧したのだが、
『実は……クララが誘拐されたようなんだ。ああ、クララというのは私の娘なのだが』
「……誘拐……ですか?」
『一応サカキにも知らせておいた方がいいと思ってね。……だが、いないのならその方が良かったな』
「どうしてです?」
『俺の命が半日長らえる』
大まじめな声で言うのを聞き、不謹慎とはわかっていながらも思わず吹き出す。
『警察の方で手を尽くしている。勝手な行動だけはしないでほしいと伝えてくれるか?』
「はい」
『じゃあ』
ガチャッ
電話は一方的に切られていた。ヴィグは受話器を手にしたまま、しばし考えた。サカキにこのことを知らせるべきか、否か。
「……難しいところだ」
ハムレットよろしく頭を抱えてみる。
「……よし!」
ヴィグはニンマリとした笑いを引っ提げて、仁王立ちをした。
「ナイトバロン、初めての事件だっ!」
良からぬことを考えているのは火を見るより明らかだった。
「まずは服を着替えなきゃ」
早速、買ってきたばかりの新品の中からそれっぽいものを選びだす。即効で着替えをすませ、サカキの部屋から財布と地図を持ち出す。生活費として置いてある財布で、いつでも好きなものを買え、と言われていた。
サカキたちの向かった廃ビルに行こうというのだ。
「いざ、出陣!」
玄関を開ける。空が青から赤へと変わろうとしていた。
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