第21話
「……くそっ、誰もいないとは」
受話器を戻し、カルロが呟く。自宅にも会社にもいないのでは連絡の取りようがない。
「仕方ない」
後で文句を言われたら『連絡は入れたが留守だった』と言えばいい。
カルロがデスクに戻ろうとしたその時、アナウンスが流れた。
『業務連絡です。捜査一課のカルロ・ベル様、外線十二番にお電話です。繰り返します、捜査一課のカルロ・ベル様、外線十二番にお電話です』
「……来たか」
多分犯人からのものだろう。カルロは急いでデスクへと足を運んだ。
「カルロ、」
出会い頭にデルディオ。カルロを呼びに出ようとしていたのだろう。こわばった表情のまま、無言で頷く。
「……、」
カルロも無言のままデルディオの肩を叩いた。「落ち着こう」の合図である。
一つ大きく息を吐き、外線ボタンを押す。
「……もしもし?」
電話一つにこんなに神経をとがらせたのは始めてかもしれなかった。
『もしもし、カルロ・ベルさん?』
完全に鼻でせせら笑っている様子が手に取れる。相手は男。周りの雑音からみて、公衆電話だろう。デルディオが早速逆探知にかかる。
「お前、誰だ?」
相手が答えるとは思えなかったが、形式上、一応尋ねる。
『俺か? 察しはついてんだろう?』
「……ボギー……か?」
『ほぅ、ご名答。さすがカルロ・ベル』
全てを見通しているかのような、予定通りといった返答。どこまでこっちの手の内がばれているのだろう。
「クララは、無事なんだろうな?」
押し殺した声で、カルロ。幸いにも所内は人が出払っているため、誰かに聞かれる心配はないが、念には念を入れ、最小限の声で話す。
『もちろん、無事だ』
その一言に胸を撫で降ろす。が、ここからが問題なのである。
「目的はなんだ? 金、というわけではあるまい?」
『ああ、』
「では、」
『まぁそうカリカリするなって。急ぐ必要はあるまい?』
「クララを返せ。今すぐに、だ」
感情が高まるのがわかる。このままでは奴のペースに引き込まれてしまう。それがわかっていてもどうしても押さえきれない。デルディオの方をチラリと見た。額にうっすら汗を浮かべている。逆探知さえできれば、次に繋げられるのだが。
『要求は後ほど、ということにするぜ。とりあえずはあのお嬢ちゃんの無事だけ知らせたかったんだ。……危害を加えるつもりはない。そっちがおとなしくしていれば、の話しだがな』
「おい! クララはどこなんだっ」
『あんた、父親なのか? それとも、刑事なのか?』
それは以外ともいえる問いだった。冷静なときのカルロならばその意味の深さに気付いたかもしれない。が、とにかく今は冷静などではなかったのだ。
「どっちもだ!」
『……なるほど』
「おい!」
『そのうち、改めて連絡する。せいぜい苦しんでくれや』
プツッ
「おいっ、もしもし? ボギー!」
ツーッ、ツーッ、ツーッ、
「もしもしっ」
一方的に電話を切られてしまっていた。何度呼び掛けても返事はない。クララが今どうしているのか、要求は何なのか、結局、何もわからず仕舞いだ。
「デルディオ、逆探知は?」
「……それが……」
「駄目だったのか?」
「いや、」
「じゃあ、何なんだっ!」
「間違いじゃなければ、所内からかけていたことになる」
「…なん……だ…と?」
デルディオのとんでもない発言にしばし呆けたように立ちすくむ。そんなことがあるだろうか? 一度ならず、二度までも、このマクレ三番都市警察に入り込むなど。
「どこだっ?」
「所長室だ」
二人は弾かれたように駆け出した。所長室はこのビルの最上階である。窓は防弾ガラスだし、所長室に上がるエレベーターは一つしかない。本当に所長室からかけていたのだとすれば、まだ逃げてはいないはずだ。
チン、
エレベーターの扉が開いた。中には誰もいない。そのまま乗り込み、最上階へ。
扉が静かに開く。秘書が座っているはずのカウンターが空である。
「くそっ」
舌打ち一つ、中を覗き込む。予想通り、秘書は後ろ手に縛られ、転がされていた。気を失ってはいるものの、命に別条はなさそうだ。
「所長はっ?」
デルディオが叫ぶ。カルロはふところから銃を抜き、壁に背中を付けながら進んだ。ドアの前で止まる。耳をすませてみるが、物音はしていない。ノブを掴むと一斉にドアを開け放った。
バンッ
体を滑り込ませ、銃を構える。
「なっ、」
一瞬、目の前の光景が信じられず目を見張る。思わず握っていた銃を落しそうになったくらいだ。
「どうした、カルロ!」
後に続いたデルディオは部屋に足を踏み入れるや否や、のけぞってしまっていた。
「うぁぁぁっ」
カエルのひしゃげたような悲鳴まで上げている。……無理もないのだが……。
所長室。
品の良いソファにテーブル。その向こうに所長用のデスクが置いてある。カルロたちが使っているものよりも二回りは大きなデスクだ。そこに、所長が寝かされていた。
いや、普通に寝かされているのならば驚いたりはしないのだが……。
「なんて悪趣味な、」
マクレ三番都市警察所、所長、ラカム・シオダ。五十四歳の弛みきったその巨体がデスクの上に乗っている。そして衣服は何一つつけていなかった。そのかわり、色、形の良いクッキーが一寸の狂いなく彼の体を装飾していたのだ。
「男体盛り……?」
デルディオが呟く。カルロは気を取り直し、所長に近付いた。
脈を取る。
コト、カタン、
一つ、二つ、クッキーが床に落ちる。
「……生きてる」
多分薬か何かで眠らされているだけなのだろう。外傷もないようだった。
「ボギーは……逃げたのか?」
辺りを見渡しながら、デルディオ。二人が突入したときには所長以外、誰もいなかったのだ。だが、エレベーターの中にもいなかった。もっと早くに逃げてしまっていたのか。
「してやられたな」
カルロが手袋をはめ、電話から小さな機械を取り外した。
「なんだ?」
「電波転送装置だ」
「ってことは?」
「奴はここから電話したんじゃない。別の場所から電話したんだ。その電波がここを通じるように細工してあるだけだ。俺たちは騙されたって事さ」
「でも……じゃあ所長は?」
「調べればわかることだ。多分、体の冷え具合からいって、出署してすぐの犯行だろう」
「二時間も前の?」
「誰も気付かないとは……。確かに所長に用がある人間なんて少ないだろうが」
「だよな、所長の仕事っていやぁ、この椅子に座ってる事だもんな」
「このクッキーだって多分この部屋にあったんだろ」
「所長、甘いもん好きだからな。ってことは、これはボギー流の皮肉……か」
「やってくれるぜ」
「しかし、これで事が大きくなっちまったわけだ」
「向こうがそう望んでるんだろ? 警察署の所長を裸にするなんざ、正気の沙汰とは思えないぜ」
危害を加えているわけではないから、直接の刑につながるとしてもいいとこ不法侵入と監禁罪程度だろうが、これは明らかにマクレ三番都市警察に対しての挑戦である。こっちが躍起になっているのを見てどこかでせせら笑っている様が目に浮かぶようで、二人は渋面を崩せなかった。
「科学捜査班を呼ぼう。他にも何か仕掛けられているかもしれん」
カルロが素速く内線を廻す。
「確かに、盗聴機なんか仕掛けられた日にはたまらないからな」
デルディオが腕を組み、相槌を打った。そしておもむろに眉を寄せ、天井に目線を移す。独り言のように何気なく呟いた。
「……で、
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