第26話
何度目かのコールが響く。
程なくして、ボギーが電話を取った。
『なんだ』
不機嫌極まりない声で、ボギー。
「兄貴、大変だっ。ビルに爆弾が仕掛けられてたっ」
『……なん…だと?』
さすがのボギーも、ハルの言葉を聞きポーカーフェイスを崩す。
『どういうことだっ?』
電話の向こうで取り乱しているのがわかり、ハルも声を荒げる。
「俺だってわかんねぇよ。でも、爆破の前に走り去る車も見た。どうなってんだよ、ボギーの兄貴!」
高ぶった感情そのままに、ハル。
『娘は?』
「……あー、それが、」
ヤベ、という顔でハルが言い淀む。
『逃がしたのか?』
「……ごめん」
素直に白状してしまう。
『ふふ、はーっはっは、よくやったな、ハル!』
(……あれ?)
怒鳴られて消されると思っていたハル、肩透かしである。
『よくぞ爆破に気付いた! そうか、娘は逃がしたか。はっ、奴らめ、思惑と違うことになって今頃大慌てだろうぜ!』
楽しそうに笑う。
「どういうことだよ?」
わけがわからず、ハルが訊ねる。
『高すぎると思ったんだ』
ボギーが低い声でそう呟く。
「へ?」
『奴ら、最初からあの娘を、俺たち諸共消すつもりだったってことさ。最初から金なんか払う気はなかった、ってな』
「そんな!」
言いながら、拳を握り締めている自分に気付き、ボギーは思わず頬を緩める。
(俺様ともあろうもんが、情けない)
『ハル、てめぇは適当に身を隠しとけ。あとは俺がやる』
「やるって、何を?」
ガチャ
電話は一方的に切られてしまった。
どうやら怒られずに済んだ、という安心感でいっぱいになるハルなのだった。
受話器を叩き付けるように置いたボギーは、怒りに燃えていた。
「舐められたもんだぜ」
裏稼業などやっていれば、力の強い者がルールだ。潰されたくなければ、潰すだけのこと。そうして今まで生きてきたのだ。結果、今の自分はその世界じゃ名を馳せている自覚があったし、恐れられてもいると自負していた。要するに『俺を敵に回すってことがどういうことかわかってるんだろうな?』ってやつである。
ボギーには一分の迷いもなかった。上着を掴むと、そのまま車に乗り込み、走らせる。トランクにはいつもの道具が揃っているはずだ。あとは好きにやらせてもらう。
「なにが
そう呟くと、依頼主の元へと急いだ。
「な、なにを言っているんだっ」
自らを神と名乗った男はうろたえていた。
いきなりやってきたボギーは鬼の形相で、幾重にも張り巡らせているセキュリティーを難なく破り、今、目の前まで来ているのだ。さらに、身に覚えのない暗殺計画を疑われている。
「今更言い訳か? 見苦しいことこの上ないぜ」
ボギーは唇の端を0.1ミリほど上げると、手にしていた銃の引き金を引いた。
全てを片付けると、生かしておいた側近の案内で金庫を開けさせる。依頼主個人の金までは取れなかったが、会社の隠し金はごっそりいただいて帰ることにする。
側近にあることを命じ、トラックに乗り込むと、その足で廃ビルへ向かった。もう既に警察が来ているだろうと思っていたのだが、辺りに警察車両はない。おかしい。
ボギーは用心しながらビルの前まで足を進めた。だが、そこには元のまま廃ビルが建っているのだ。
「どういうことだ?」
(まさか、ハルのやつが一芝居打って…いや、まさかな)
奴にそんな度胸も頭もあるとは到底思えなかった。
そして気付く。隣のビルからほんの少しだが、火薬の匂いがすることに。
(隣…?)
つまり、こうだ。
ボギーとハルが潜伏しているビルを爆破したのではない。さすがに同じビル内に二人がいる状態で爆薬を仕込むことなど出来ないと思ったのだろう。だからわざと隣のビルに仕掛けた。ビルの爆破でこちらの建物を崩そうと思ったのだろう。しかし、仕掛けた奴のミスで思うように崩れなかった、と。
……不正解なのだが。
「ふん、つくづく俺はついてるな」
……勘違いなのだが。
「しかし、お粗末なこった」
ボギーはそう呟くと、トラックから大量の爆薬を持ち出し、潜伏していたビルの中へと入っていく。
万が一にも自分のDNAが検出されるようなヘマはしたくない。全てを無に帰す。立つ鳥跡を濁さず、である。
「折角だから、ド派手にいくか」
ニヤリ、と笑うと、そこら中に爆弾を仕掛ける。それだけではなく、もしものときのためにあらかじめ用意していたガソリンも撒き散らした。
すべての準備を整えると、車に戻る。
真相などもはやどうでもよくなっていた。
予定を遥に超える金を手に入れたのだ。しばらく困ることはないだろう。
依頼主を始末したことで裏家業での仕事はしばらく出来そうもないが。
「たまにゃ休暇も必要だ」
静かに車を滑らせる。
安全な場所まで離れたところで、スイッチを押す。
遠くから、赤い炎ととんでもない爆発音が響き渡った。
そして、ハルのこともすっかり忘れて、海外へ向かうことにしたのである。
廃ビル一体はすべて吹っ飛んだ。
勿論、サカキのお手製メッセージカードも跡形もなく燃え尽きたのである。
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