第27話

 クララが警察署に着いたのは、脱出から約三十分後の事だった。

 独りで警察署に辿り着いたクララをカルロが抱き締め、感動の再会となったわけだが…、


「どうしてなんだ?」

 カルロは自分の娘を前に、頭を抱えていたのである。


 クララの母、アルロアはとても可憐で美しい女性だった。だが、同時に芯が強く、己を曲げない性格でもあり、カルロと衝突することもあったことを、今、強く思い出していた。


(そんなとこ、受け継ぐなっ)


 言葉には出さないまでも、そう思わずにはいられない。

「もう一度聞くぞ、クララ。誰に誘拐されたんだ?」

「わからない、って言ったでしょ?」

「……そうか。じゃ、犯人とは何を話した?」

「特には」

「……そうか。じゃ、どうやって逃げ出したんだ?」

「隙をついて」

「どこに監禁されてた?」

「わからない」

「……、」


 ずっとこの調子なのだ。

 つまり、これは『黙秘』である。


 何故? 父は警官だ。これは誘拐事件なのだ。誘拐された張本人に黙秘されたら、どうやって犯人を追えばいい?


「はぁぁ、クララ…、」

「パパ、私疲れちゃったみたい。もういいでしょう?」

 上目遣いにカルロを見上げる。

「くっ、」

 娘からの可愛いおねだり光線を跳ねのけられる父親がどこにいようか。

「仕方ない。今日はここまでだ」


 カルロはクララをその場で待たせ、同僚たちに事情を説明に行く。まさか『黙秘されている』とは言えないから、仕方なく嘘をつく。


「すまんな。動揺が激しいみたいなんだ。記憶が曖昧で言葉も少ない。疲労も溜まっているみたいだし、今日のところは帰らせてもらう」

 同僚たちは皆、黙って頷いた。

 アルロア亡き後、クララはカルロにとって、命の拠り所なのだ。それは周りの人間も充分過ぎるほど知っている。


「お大事に」

「気を付けて」

 そんな言葉で見送られ、クララの元へ。と、そこで待っていたのは仁王立ちで殺気を露にこちらを睨みつけている男……。


(あちゃ~)


 カルロはまだ殴られてもいない右の頬の痛みを感じ始める。

「サカキ、」

「カ~ル~ロ~」

 地の底から這い出た化け物のような声で、迫られる。予想はしていたが、やはり相当お怒りの様子だった。

「黙ってたのは悪かった。しかし、お前に心配を掛けるのは、だな、」

「この、馬鹿者めーっ!」

 胸倉をつかんで揺さぶられる。


「お前という奴はっ! 何故っ、なんでそう、馬鹿なんだっ!」

「悪かったって」

 平謝りである。

「クララに何かあったら、俺はお前をっ、ただじゃ済まないからなっ!」

 多分、本当に殺されるだろうな、とカルロは思う。


「おじさま、私は大丈夫だから、もうその辺にしてあげて。ね?」

 胸倉を掴んでいるサカキの手にそっと自分の手を重ね、クララ。サカキは目を閉じ、深く息を吐き出すと

「今日のところはこのくらいにしてやるっ」

 と、カルロを突き飛ばした。


 廃ビルでの大仕事(?)を終え、家路に着いてみると、ヴィグから『クララが誘拐されたらしい』と聞かされたのだ。一気に頭に血が上り、そのまま飛び出していきそうになったサカキをヴィグが止め、驚きの一言を放った。


『でも俺が安全な場所まで連れて行ったから問題ないぜ!』


 と……。


(俺が? なんでお前が? は?)


 パニクる精神をグッと抑え、ヴィグから事情を聞き、あらかた理解したところでここまで来た。まぁ、理解したとは言い難いか。


「で、犯人は?」

 腕を組みイライラしながら訪ねる。

「ああ、そのことなんだが、」

 クララのおかしな態度を話そうとしたその時だ。


「カルロ! 大変だ!」

 駆け込んできたのはデルディオ。

「…っと、お客がいたか」

 デルディオとサカキは顔見知りである。話を聞きつけたサカキがカルロを殴りに来たであろうことも察しがついている。


「なんだ、話せ」

 カルロが促す。

「爆破だ」


 ピク、とサカキの眉が動いた。


「爆破?」

「そうだ。街外れの廃ビルで大規模な爆発があった」


「大規模なっ?」


 思わず声を出してしまう、サカキ。

 カルロとデルディオが振り向く。

「あ、いや、それは恐ろしいな…、」


 頭の中を『?』マークが飛び交う。

 大規模なはずはないのだ。あんなに気を付けて、超弱力爆弾にしたのだから。


「パパ、その廃ビルって、どこ?」

 見ると、クララが真剣な眼差しでカルロを見つめていた。

「どこ、って…まさかクララ、お前が監禁されてたのって、」

「ううん、私が監禁されてたのはビルなんかじゃなかったと思うわ。ただ、ビルが爆破されるなんて、恐ろしいな、って…」

 サカキと同じセリフで誤魔化す。


(街外れの廃ビルって…、まさか、ハルさん?)


 自分が逃げたことで何か大変な事態を引き起こしてやしないだろうかと不安になったのだ。


「どうする? お前、帰るか?」

 デルディオが訊ねる。

「いいや、残れ」

「は?」

 横から声を掛けたのはサカキだった。

「なんで、」

 カルロは面食らっていた。いつものサカキなら有無を言わさず『クララのことを考えろ!』『事件など二の次だろう!』と怒鳴り散らすのに。


「どうせ帰ったところで事件が気になってソワソワするだけだろうがっ。クララは私が責任もって連れて帰るから安心しろ」

 邪魔者は去れ、と言わんばかりだ。


「そうね、パパ、私もそれがいいと思う」

 クララまでもがそう口走る。誘拐されていた娘が、何故こうも元気いっぱいに自分を仕事に送り出そうとしているのか、カルロには全く分からなかった。


「しかし、クララ、」

「私は大丈夫。おじさまもいるし。それより怪我人がいたりしたら大変でしょ? 早く行った方がいいわ!」

 ピッと出口を指し、急かす。

「ん、ああ、」


 釈然としないカルロだったが、事件は気になる。サカキがついていてくれるならクララも安心だろう。デルディオに再度『どうする?』と聞かれたカルロは、小さく息を吐き、クララに向き直る。


「じゃ、行ってくるよ。念のため家に警官を置くから、あとはサカキに、」

「うん、わかってる。じゃ!」

 クララが笑みを浮かべ、片手を上げた。


 今度は深く息を吐き、デルディオと一緒に部屋を後にした。


 カルロが去ってきっかり十秒。クララはサカキに向き直ると、

「おじさま、お願いがあるの」

 と小首を傾げてみせたのである。


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