第12話

「……というわけだ」


 デオドルラヴィーセウルコーポレーション会議室。コートに帽子、サングラスといった格好からいつもの正装に着替え、サカキが胸を張った。


「それで連れてきちゃったのぉ?」

「すごーい。ほんとに誘拐だ」

 ラ・ドーンはやや投げやりに、レイナは尊敬の眼差しでサカキを見た。

「私だってやるときはやるのだ!」

 威張るサカキに少年は茶々を忘れない。


「いつまでたっても行動しようとしないから俺の方から声掛けてやったんだぜ?」

 少年……ヴィグと名乗った……は相変わらずぞんざいな態度でレイナの作ったピラフを平らげている。

「それでぇ、ヴィグ、家族は?」

「いるぜ、おかま」

「おっ、おかっ、」

 ラ・ドーンが茹でタコのように顔を赤らめる。サカキとレイナが必死で笑いを噛み殺した。ラ・ドーンにここまでストレートな言葉を浴びせた奴は初めてである。


「ねーちゃん、料理うまいな。おかわりあるのか?」

 空になった皿を差し出す。受け取ろうとしたレイナの手を掴み、引き寄せると、一寸の迷いなく胸にタッチした。一瞬の早業。飲み屋のおやじ状態である。

「きゃああっ」

 レイナが悲鳴を上げ、サカキの後ろに隠れる。

「なんだよぉ、いいじゃんか、減るもんじゃなし」

「そ、そういう問題じゃないだろうがっ」

 サカキが叱る。……ヴィグは耳を塞いでサカキの小言を防御していた。大した奴である。


「どういう教育受けてるのかしらっ、もうっ」

 身をよじらせてラ・ドーン。女相手であればとっくにつまみ出しているだろうが、相手は子供とはいえ男なのだ。邪慳にはしない。それに、ヴィグはなかなかの顔立ちである。将来がかなり期待されるところだ。それがまた、ラ・ドーンの忍耐につながっているのかもしれない。


「……なぁ、俺、いつまで生きられる?」

「……へ?」

 質問はあくまでも淡々と、だが少しだけ、緊張を匂わせて発せられた。

「やっぱ、脅迫電話の時には生の声聞かせるんだろ? ってことは、今夜中か? あ、でもあいつが俺のために金を持ってきてくれるとはちょっと思えないな。あんたには悪いけど」

「なっ、なっ、なっ、何を言ってるんだ?」

「何って……誘拐って普通、最終的には殺すだろ? 顔見られてるわけだし」


「……ばっ、ばっかもぉぉぉん!」


 ビクッ、


 突然のどなり声に、ヴィグだけでなくその場にいた全員が肩を震わせた。

「こっ、殺すなどと簡単に口に出す奴があるかっ! 命っていうものはそんなに軽いもんじゃないんだぞっ!」

「……な、なんだよ」

 今度はヴィグの方が面食らう番である。


「世の中に生まれた命はなぁ、生きたいから生まれてきたんだっ。生きると生まれるは同じ字なんだぞっ。天命を全うするまで、死ぬだの殺すだのという茶々があってはならんのだっ! 断じて!」

「……社長、」

「大体な、その年でなにわかっちゃったようなこと言ってるんだっ。いいかっ、人生は続くぞっ。しらけた顔してても笑ってても同じ時間が流れるぞっ。だったら笑えっ。笑って生きろ!」


 レイナが感動の涙を流している。ラ・ドーンですら、瞳に涙を溜めていた。そう。二人ともかつて、そうやってサカキに命を救ってもらったのである。自分たちの過去が走馬灯のように頭を駆け廻っているのかもしれない。




 レイナ、当時十五歳。親のない子として施設で育つ。悪い仲間とつるんで窃盗や強盗、ハッキングなどに手を染め、逮捕される。身請け引受人としてサカキが面倒を見ることとなり、以後、サカキの遠縁の姪として学校に行かせてもらい、今はサカキの会社で働いているのだ。


 ラ・ドーン、当時二十四歳。サカキとは日雇いの会社で知り合った。言葉遣いとその性格のせいでどこへ行っても白い目で見られていたラ・ドーンに、唯一、隔たりなく言葉を掛けてきてくれた人物がサカキである。ラ・ドーンが男であることを自らやめた理由を知っているのは、世界広しと言えどもサカキだけである。


「何だよ、殺してくれるんじゃないのかよ!」

 ヴィグが叫ぶ。今までの余裕はどこへやら、辛そうな、心からの声。

「なぜ死にたいなどと思うのだっ」

 一歩も譲らないといったように、いつもからは考えられない強さを持った口調で、サカキ。


「俺なんかが生きてて何になるんだっ!」

 ヴィグは一呼吸置き、それから呟くような声で語り始めた。


「……俺……人殺しなんだぜ?」


 わずか十一歳の少年の口から発せられるとは思えないような重さで、ヴィグは話し始める。老人が昔犯した過ちを懺悔するかのような、影のある、暗い叫び。

「俺、人殺しなんだ。だけどまだ子供だからって理由で誰も俺の事を裁けないんだ。俺、生きてちゃいけないんだ。俺が生きてるとみんなに迷惑かけるから、だから、俺……、」


「ちゃんと話してみなさい」

 椅子に座り、まっすぐな目でサカキがヴィグを見つめた。少しの躊躇いの後、ヴィグが初めから順序立てて説明を始める。


「俺が生まれたとき、俺の命と引き替えにママが死んだ。俺はパパに育てられたんだ。パパはそれからしばらくして新しい女と結婚。だけど新しいママも死んだ。家が火事になって。パパはたまたま出張でいなかった。助かったのは俺だけだった。パパはあの火事を起こしたのは俺だって言った。俺のせいで次々にママが死んでいくって。だから、パパは俺を捨てたんだ。……叔母さんの家に俺を預けてそれっきり戻って来なかった。叔母さんは俺の事なんか好きじゃないっていつも言ってる。……俺はきっと死神の生まれ変わりなんだっ、俺の周りにいると人が死ぬんだっ、俺は人殺しなんだよっ、」


 最後は涙で顔がクシャクシャになっていた。わざとなのだろう、声を殺して泣いている。その姿がヴィグのこれまでの人生を象徴しているかのようで、余計に辛い。自分を押し殺して、ずっと我慢して生きてきたのだろう。自分を責め続けながら。


 言わずもがな、ラ・ドーンもレイナもサカキも同じようにクシャクシャの顔になっている。


「俺は生きてちゃ駄目なんだっ! 駄目なんだよぉぉっ!」

 テーブルに顔を埋め、拳を握り占める。嗚咽混じりに肩を震わせ、テーブルを叩いた。ヴィグの抱いているやるせなさが嫌になるほど伝わって来る。それは、『愛されたい』や『生きたい』という、ごく自然で当たり前の望みなのだ。


 サカキはこの一瞬で、決心していた。


 それはあまりにも単純な、そして無謀な決心である。が、それがサカキの良さであり、サカキの中の正義であった。


 ラ・ドーンとレイナが状況を察したのか、黙って部屋を出た。二人にはわかっていたのだ。サカキが何をしようとしているかが。そしてそのためなら二人とも惜しみない協力をするだろう。サカキが行動を起こす前に、二人は既に行動を開始していた。


「レイナちゃん、わかってるわね?」

「もち!」

「じゃ、一時間後に」

「おっけー」


 ……優秀な部下である。


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