第13話

 夜中、会議室では緊急会議が開かれていた。もちろん、ヴィグについての、である。


 あの後、ラ・ドーンは探偵社の社員に化けてヴィグの身辺の聞き込み調査を始めていた。驚いたことにヴィグは学校に行っていなかった。ヴィグを引き取った叔母さんという人がひどい人間で、金がかかるからという理由で学校に行かせていないのだ。


「ヴィグとの血の繋がりはないの。後妻さんの方の親戚なんですって」

 手帳をめくりながら、ラ・ドーン。


「レイナの方はどうだ?」

「えっと、睨んだ通りです。近くの病院のコンピューターにアクセスしましたけど、何度か入院してました。普段は見えないところを狙っていたぶってるみたい」

 虐待、である。サカキも直接、眠ったヴィグの体を調べたが、腹や背中に無数の傷跡を確認した。


「叔母さんって人はヴィグのせいで自分の妹が死んだって思い込んでるみたい。馬鹿よね、ただの事故なのに」

「そんな思い込みで傷つけられちゃ、たまんないわぁ」

「その通りだっ。で、捜索願いは?」

「今のところ出ていません」

 レイナが付けているインカムは警察署に直接つながっている。全ての情報を丸聞きしているのだ。高等技術での盗聴である。


「よし、レイナ、例のモノを」

「はぁい」

 嬉しそうにポケットから取り出したもの。例のボイスチェンジャーである。改良され、小型マイクほどの大きさになっていた。

「とにかく直接話してみないことには真相はわからんからな」

「叔母さん」とやらに電話をしようというのである。


 緊張の面持ちで受話器を上げる。ラ・ドーンが予め調べていた電話番号にアクセスする。コールが鳴り、しばらくしてから女の声がした。


「……もしもし?」

『もしもし』

「あー、ヴィグの母親か?」

 サカキの声はいつもの声とはまるっきりの別人になっていた。ボイスチェンジャーのつまみは「低」になっている。

『あんた、誰?』

「ヴィグを預かっている者だ」

 しばらくの空白。そして次に聞こえてきたのはかん高い笑い声だった。


『あははははははっ、おもしろい冗談ね。あの子を誘拐でもしたって言うの?』

「……そうだ、と言ったら?」

『礼を言うわ。帰って来ないから家出でもしたのかと思ったら、誘拐? きゃははは』

 声の感じでは叔母さん、というほど歳はとっていないようだ。三十代前半くらいだろう。

「身代金は出さない、と?」

『出すわけないでしょ? あたしの子でもないのに。どうせ父親だって引き取る気ないんだし、邪魔だったのよ』

「どうなってもかまわないと?」

『煮るなり焼くなり好きにして』

「……そうか」

『残念だったわね、お金巻き上げられなくて。でも……そうねぇ、事故にでも見せ掛けて殺してくれるって言うなら三万ゼニーくらい払うけどぉ?』


 プチッ、


 サカキの理性が飛ぶ。

「もういい。邪魔したな」


 ガチャッ


 投げ付けるように受話器を戻す。握った拳が小刻みに震えていた。


「社長、」

 レイナが心配そうにサカキの肩に手を置いた。ラ・ドーンがその場を和ませようと明るく声を出す。


「さぁ、準備しなくちゃっ。役所に行ってぇ、裁判所に行ってぇ、ね?」

 そうだ。怒りにうち震えている場合ではない。予定通りに進めればいいのだ。全力を尽くせばいい。


「ヴィグ、動物好きだといいですね、社長」

 レイナもまた、笑顔を作って言った。サカキの家には何匹もの犬や猫たちがいる。みな、捨てられていたのをサカキに拾われた。


『命を大切に』はサカキのモットーなのだ。


「……そうだな」

 苦笑いを浮かべ、サカキ。

 まだまだ問題はある。当の本人が何と言うか、肝心なことを聞いてないのだから。




「え? 俺が?」


 熟睡から目覚めると、世界が逆さまになっていた。ヴィグはそんな風に感じていた。

「そ。悪の大結社、デオドルラヴィーセウルコーポレーション総帥自らの引き抜きよぉ?」

「どぅ?」

 誘い方としては間違っている気もするが、ラ・ドーンはあえてそんな風に話しを持ち出した。


『ナイトキースの後継ぎに抜擢された』


 と。

 それが一番ヴィグに負担を掛けないと思ったからだ。


「正義の味方の方がかっこいいけどなぁ」

 わざとらしく腕など組んで見せるヴィグだったが、子供らしい、いい笑顔である。これなら大丈夫だ。ラ・ドーンもレイナもそう思った。

 サカキは出掛けている。ヴィグの父親のところに行っているのだ。多分、簡単に事は運ぶだろう。法的な手続きには時間がかかるだろうが、問題はないはずだ。


 養子縁組み。


 犬や猫を育てるのとはわけが違う。だが、大切なのは気持ちである。血の繋がりなどというつまらないものに頼るのではない。同情やその場の流れで決めたわけでもない。一生独身を通すと決めていたサカキは、養子を取ろうと前々から決めていた。それがたまたま今だったのだ。そう、考えていた。例えヴィグに「同情だ」と言われても、時間を掛けてその壁を崩す覚悟は出来ていた。サカキの心は広く、そして愛は深いのだから……。


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