第14話

 その日は晴れていた。


 週間天気予報も来週まで毎日晴マークだ。

 ボギーはサングラス越しに太陽を見上げ、溜息を付いた。溜息と一緒にタバコの煙を吐き出す。


「嫌な天気だぜ」

 殺し屋に太陽は似合わない。健康的過ぎるのだ。本来、裏家業の人間は太陽が登っている時刻には仕事をしないものである。が、今回のターゲットは一般人。しかも学校に通っているガキなのだ。仕方がないと言えば仕方がない。せめて曇りなら良かったのにと思うボギーであった。


「兄貴、」

 黒塗りの車から降りてきたのはハル。ボギーの下について仕事を手伝っているパシリである。

「そろそろ時間ですぜ」

 童顔なのが嫌で、髪をむりやり立たせ、皮ジャンにジーンズというチンピラの典型的スタイルを気取っている。

「よし、行くか」

 タバコを落とし、踏み付ける。時計の針は午後二時を廻ろうとしていた。





 マクレ三番都市警察署前、公園通り。


 麗らかな風が流れる昼下がり、肩を並べてベンチに座ってているのはサカキとカルロである。缶コーヒーを片手に、通りを行き交う人たちを何となしに眺めている。昼休みも終わるころとあって、会社員たちが急ぎ足で食堂から会社へと戻って行く姿が目立っていた。


「……世話になったな」

 がらにもなくサカキが礼など述べる。カルロは意外そうにサカキを見つめ、そして肩を叩いた。


「驚いたよ。だが、関心した。昔から面倒見のいい奴だとは思っていたが、まさかこんなことを始めるとはな」

 サカキがカルロに頼みごとをすることなど滅多にあるものではない。だが、今度ばかりはカルロの名声に頼るのが一番手っ取り早かったのだ。


 保証人。それも養子縁組みの仲介人になるにはそれなりの地位が必要だったのだ。その点、警察署に勤めているカルロは最適の人物だった。虐待の物的証拠を裁判所に突き付け、ヴィグの父親にも話が付いた。後は法的手続きを待つばかりである。


「お前も父親、か」

 嬉しそうに目を細め、カルロ。カルロはカルロでサカキの事をずっと気にかけていたのだ。サカキがアルロアを愛していたことも知っている。だが、いつまでもそのことを胸に抱いたまま結婚もせずに独身を通すというサカキの思いは、カルロにとって重荷でもあった。人間は全ての記憶を抱いたまま生きていくことは出来ない。忘れるという方法を知っているからこそ、前に向かって生きていけるのだ。なのにサカキは全てを抱いたまま生きようとしていた。カルロにはそれがとても辛く、悲しい生き方に見える。


「父親だなんて思っていないさ」

 ポツリ、サカキが呟いた。

「私には父親になどなれない。なれるはずがない」

「……そんな、お前、」

「ヴィグを愛することは出来る。だが父親になど到底なれないさ」

「なぜそう思う? 血が……繋がってないからか?」

「そんな事は問題じゃないが、親子の絆というものは簡単に出来るものじゃないんだ。何年も、何十年も経って、それこそ死ぬ間際になったときにわかることだろう?」


 サカキ自身、家庭にはあまり恵まれてはいない。産みの親と育ての親。家族であることの難しさは誰より知っているつもりだった。


「……あまり深く考えなければいいさ。ヴィグはお前に懐いているんだろう?」

「……いつか疑問を抱くことになる」

 親戚でもない、赤の他人に引き取られたことに。


「……それはそうとカルロ、お前、来月のあの日はちゃんと空けてあるんだろうな?」

「あの日?」

「クララの発表会だ」

 カルロは

「ああ、」

 と曖昧に返事を返した。職業柄、どうしても『必ず』などというわけにはいかないのだ。だがここでそんな事を言おうものなら何時間サカキの説教を喰らうかわからない。とにかくクララの事になると実の親である自分よりも真剣になるのだから。でもそのおかげで安心していられたのも事実だ。父子家庭であり、しかも不定期な刑事などという仕事をしているためクララには寂しい思いばかりさせている。その穴を埋めてくれるのはサカキなのである。


「そうか、クララの事もこれからは俺がちゃんと見てやらなきゃな」

 今まで散々サカキに甘えていたのだということをつくづく感じた。そのサカキもヴィグという息子を持つようになる。クララにばかりかまけてはいられなくなるのだ。


「……何を言うか。クララの事は俺に任せろ。何なら養女に、」

「おいおい、冗談だろ?」

 カルロが慌てて首を振る。

「……冗談だ」


 半分は本気である。後の半分は……恐ろしいことに『妻に』と考えているのだ。カルロは知る由もないだろうが。


「しかし……ピアノを習いたいと言い出したときはどうしようかと思ったが、ここまで上達したんだったらやらせた甲斐があったというもんだな」

「アルロアの血を引いているんだ。ピアノとの相性が悪いわけなかろう」

 ピアノを薦めたのはサカキだった。若かりし頃のアルロアの姿をクララに重ねたかったのかもしれない。例えそれが虚空の、一瞬の幻であっても忘れたくはなかったし、クララにも知ってほしかった。母との接点、唯一の繋がりとして。カルロは忘れることで自分の心を救おうとしている。だがサカキは対照的に覚えていることで自分を救おうとしているのだ。


「さて、そろそろ戻らないとな」

 カルロがベンチから立ち上がる。サカキもゆっくりと立ち上がった。

「忙しいのか?」

 サカキの質問に、カルロが少し間を置いて答える。

「今はそうでもない。だが、変な手紙が届いてな」


 ピク、


 サカキの耳が一回り大きくなる。

「……変な手紙とは?」

 高揚する心臓の音を悟られないように必死で平静を装う。

「どうも、予告状らしいんだ。まだ何も起こってはいないが、警戒する必要がある。今日もこれから会議なんだ。じゃあな、サカキ」

 走り去るカルロ。

 引きつった笑顔を浮かべたまま立ちつくすサカキ。完全に誤解した。


(……予告状……)


「やっぱりだ」

 笑いが込み上げて来る。カルロは、いや、マクレ三番都市警察署はびびっているのだ。


(……ふふ、デオドルラヴィーセウルコーポレーション総帥、ナイトキースはここだぞ、カルロ!)


「ヌハハハハハハハハ、」


(そうか、びびっているのか、やっぱり!)


「うはははははははははははははは」


 養子縁組みなどして正義に走っている場合ではないのだ。予告状のせいでびびりまくっている警察に、まだ何の事件も与えていないのだから。


「笑っている場合ではなぁい! 早く次の作戦を練らなくてはならん。クララの発表会に間に合うように第一の事件は明日、決行だぁぁっ!」


 拳を天高く振り上げる。

 空は透き通るほど透明な、青であった。


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