CURRENT CHAPTER <カレント チャプター>

第11話

「何っ？ 予告状だと？」

　米粒が飛ぶのもお構いなしでデルディオが叫ぶ。

「うわっ、やめろよデルディオ」

　マクレ三番都市警察署、食堂でテーブルを挟んで、デルディオと食事しているのはカルロである。飛んできた米粒を手で払い、非難の声を上げる。

「この前のラブレターの事じゃないんだろ？」

「ラブレター？ ああ、あれか。あれはラブレターじゃないだろうが」

「……それはいいとして、で？」

「これだよ」

　懐から一通の封筒を取り出す。ひったくるようにしてデルディオが中を見た。一通り目を通し、カルロにつっ返す。

「……コメントなしか？」

　何も言わないデルディオにカルロが尋ねる。デルディオは難しい顔をして、記憶を手繰り寄せているようだった。

「差出人の名前が、な」

　手紙の最後には書きなぐりのサインのような字で『ボギー』と書かれている。

「知っているのか？」

　内容は大したことはない。今までにも何通か届いたことがある。要するに、いい気になるな、といった脅し文句が主である。一行だけ『何かが起こる。覚悟しておけ』といった事件を匂わせるような文章があるのみだ。

「今、俺が担当してる事件、知ってるだろ？」

「あの、港の酒場が爆破された、ってやつだろ？」

　犯人の手がかりが少なく、犯人割り出しに時間がかかっているということだった。

「あの事件で、一人の男の名が浮上してるんだ」

「……それがボギーか？」

「通称、だ。本名ではないな。それに、よそ者らしい。一番都市の方で被害が出ている」

「へぇ、」

「冷静沈着、冷酷非道と言われている殺し屋だ」

「これはそいつなのか？」

「さてね。……その可能性があるかもしれないと思って俺のところに来たんだろ？ 俺がボギーの事を調べてるのを知ってて」

「……まぁな、」

「は、ん。嫌な野郎だぜ、お前って奴は」

　タバコを取り出し、火を付ける。思いっきり吸い込み、深く息を吐いた。

「素直に言えば良かろう？ ボギーの情報をまわせ、と」

　担当でもないくせにボギーの事を知っている。つまり、犯罪に関する資料という資料には全て目を通しているということで……仕事熱心と言えばいいか、知りたがりと言えばいいか。

「お前の事だ、どうせボギーに関しての存在する資料は全部読んでるんだろう？ それでいて俺に意見を求めるって事は、事件の臭いを感じてるってことか？」

「……見つけたのは今朝だ。おかしなことに　この封筒には俺の指紋しかついていない。つまり、直接俺の机に置いてあったことになる。文面の文字も、印刷もよくある一般的なものだ。所内の誰かが悪戯したんじゃなければ、犯人はわざわざ警察署に忍びこんで、俺の机に置いていったという事になる。内容が内容だし、まさか所内の誰かがやったとは思えないんだが、」

　ゴホン、と一つ咳払いをし、続ける。

「所内でこんな手の込んだ悪戯をする奴がいるとすればお前だけだ。担当してる事件に『ボギー』という男の名も上がっているしな。……だが、」

「このやろー、俺を疑ってやがったな？」

　手紙を出して反応を伺っていたのだ。知らないふりをしているのか、本当に知らないのか、を。

「俺がそんな手紙を贈ってなんのメリットがあるってんだ。みくびられたもんだぜ」

　完全にふててしまっている。

「すまん……だが、お前じゃないとすると……」

「……調べてみる価値はありそうだな」

　警察署、しかも第一犯罪課に侵入するなど、並大抵の事ではない。相手はプロである可能性が強い。『ボギー』と書かれたサイン。これを一番都市警察署に送れば筆跡の照合はすぐに可能だ。事件を担当しているのはデルディオなのでカルロはどっちにしろデルディオの手を借りなければならなかったのだ。

「よし、今日中に調べておこう」

「頼む」

「……しかし……こんな手紙が届く度に指紋まで調べてるのか？ お前、」

「全部が全部ってわけじゃないさ」

「……刑事の勘、か」

　カルロの勘は並大抵のものではない。業績が、それを物語っている。

「ま、いいさ。月雫で手を打つよ」

　悪戯っぽく片目を瞑るデルディオであった。

　翌日。

　サカキは夕暮れ時の公園でうろうろしていた。はっきりいって不審人物丸出しである。ラ・ドーンとレイナはというと、今回に関しては協力をしたくないとの事。子供はもうたくさん、というわけである。ラ・ドーンに関していえば、誘拐する相手が若くていい男であれば間違いなく協力するのだろうが。

「ふぅ、」

　キョロキョロと辺りを見渡すと、何人かの子供がブランコや滑り台などで楽しそうに遊んでいる。サカキがうろうろしているのは、誰を連れて行くかが決まらないからなのだ。

「金目的じゃないから誰だっていいんだけどさぁ、」

　思わず独り言まで出てしまう。

　と、そうこうしているうちに陽は落ち、迎えに来た母親に手を引かれて一人、また一人と姿を消して行く。サカキは人気のなくなった公園をしばらく眺めていたが、溜息を一つつくとブランコに腰を降ろした。

「……懐かしいなぁ」

　昔よく、忙しいカルロに変わってクララを公園に連れ出しては遊んだものだ。

　キィィ、キィィ、

　暮れゆく空を眺めながら、なんとなく思い出に浸っているその時、カモは自分からやってきた。

「……おじさん、なにしてんの？」

　突然声を掛けられ、サカキは驚いてブランコから滑り落ちた。尻餅を付き、声がした方を見上げる。

「ばっかみたい」

　冷ややかにサカキを見下ろしているのはクララより少し小さいくらいの男の子だ。

「……帰らないのか？」

　誘拐を企てている人間の言葉とは思えないような一言。悪を目指していても、根っからの悪にはなりきれないサカキである。

「……まだ、いいんだ」

　少年はそう言うと、サカキの隣のブランコに乗り、扱ぎ始めた。

「押してよ」

「……ん？ あ、ああ」

　言われるままにブランコを押してやるサカキ。何とも妙な成り行きである。

　しばし、無言でブランコをする二人。先に声を掛けてきたのは少年の方だった。

「おじさん、誘拐犯だろ？」

　サカキが眉をしかめる。

「はぁ？」

「ごまかすなよ。俺、さっきのおじさんの独り言聞いちゃったんだ。三時間も公園の中うろうろしてるからずっと見張ってたんだぜ」

「……あ、そ」

　こんなガキに見張られていたことにも気付かなかったとは……。うなだれるサカキ。

「なぁ、俺のこと連れてけよ」

「……へ？」

　少年は普通に会話するのと同じ調子でさらりと言ってのけた。サカキの方が面食らっている。

「誰でもいいんだろ？ もう俺しかいないしさ、俺連れてけって言ってんの」

「……なんで？」

「なんでって……あんた、子供を誘拐しようと思ってたんだろ？」

「……そりゃ、まぁ、」

　その、子供相手にしどろもどろである。

「ガキはすぐに泣くしよぉ、おとなしくさせる手間考えたら俺なんていいと思わねぇ？」

　確かに、泣いたり喚いたりはしなさそうである。が、

「自分から誘拐してくれってガキもいないぞ、普通……」

　タンッ

　勢いよくブランコから飛び降りる。見事な着地を決め、不敵に微笑んだ。

「さ、行こうぜ」