第16話

『第三弾・ビルを破壊してGo!』


 ……間違いでなければ黒板にはそう書かれていた。いつもの会議室、おなじみの顔ぶれである。もちろん、ヴィグは抜き。サカキの後継者に選ばれた、などとラ・ドーンがうそぶいてしまった手前、ヴィグとしては参加させてもらえないことをいぶかしんではいたものの、

「半人前にさせる仕事はない」

 と、留守番を命じたのだ。


「……って、社長、まだ続ける気なんですかぁ?」

 レイナが意外そうに尋ねる。

「なんだ? 私たちの目的を忘れたわけではあるまい、レイナ?」

 ニコニコ顔でサカキ。なぜだろう、サカキは外出から帰るなりご機嫌なのだ。

「ビル爆破って、一体どこのビルを爆破するのよぉ、あ・ぶ・な・い!」

「A地区の雑居ビルだ」

 地図を広げ、赤く目印を付ける。もちろんA地区などという地名は存在しない。勝手にサカキが呼んでいるだけだ。赤く印が付いた場所は何てことはない、街外れにある廃虚ビルの一つだった。


「……無人ビルじゃなぁい」

 なぁんだ、とばかりラ・ドーン。

「当たり前だろうっ。人がいるビルを爆破したら危ないだろうがっ」

 ううむ、

「でもぉ、ヴィグはぁ?」

 ラ・ドーンはサカキがヴィグを引き取ることにした時点で、もうナイトキースは引退するものとばかり思っていたのだ。だから、こう尋ねてみたのだが、

「あれはまだ子供だからな、参加はさせん」

 通じていなかった。


「……ふ、ふははははははははははは」


 突然高笑いを始めたサカキにラ・ドーンとレイナが身をすくめる。

「……しゃっ、社長?」

 気でもれたか?

「やぁだぁ、気色悪ぅい」

 ラ・ドーンがレイナとともに会議室の隅へと移動した。サカキは目を剥いて笑い続けていた。かなりやばそうだ。


 ピタ、


 突然笑うのをやめたかと思うとテーブルの上によじのぼった。仁王立ちし、独裁者よろしく声を荒げる。

「いいかっ、よく聞け皆のもの!」

 ノリノリである。


「私は今日、マクレ三番都市警察署、カルロ・ベルに会ってきた! 朗報だっ! 警察署では我々が送り付けた予告状に恐怖し、いつ、なにが起きるのかと毎日怯えて暮らしておるのだっ。うはははははは、今日も会議だと言っとった! さて、諸君、我々は何をすべきかっ?」


「……」

「……」


 水を打ったような静寂が訪れる。


「何をすべきかっ!」

 繰り返す。

「ラ・ドーン! カルロはお前を待っているのだっ!」

「ええっ?」

 なんでそうなるか。

「カルロ様が私をっ?」

 ラ・ドーンがポッと頬を染める。

「そうだとも。カルロは事件を待っているのだっ。今、事を起こさなければ我々が予告状を出した意味がなぁぁいっ。第一弾、第二弾は失敗に終わったが、今度という今度こそ、奴等の鼻を証してやるのだっ」

「カルロ様ぁぁっ」


 わざとなんだろうか? わざとサカキの言葉に乗ってやってるだけなのだろうか、ラ・ドーンは?


「そしてレイナッ!」

「はいっ」

「お前の力なしでは今度の計画は成功しないのだっ」

「……えっ?」

 意味深な言い方に頬を赤らめる。


「超弱力小型爆弾を作製してほしい」

「……超…弱力……?」

 超強力という言葉は知っているが……。


「ビルを爆破するとはいっても、下手に大爆発を起こしてしまっては火事にもなりかねん。そうなってはせっかく作ったこれが燃えてしまう」

 そう言って懐から出したのはプラスチックカード。よく見るとうまいこと縁取りがなされており、『悪の大結社デオドルラヴィーセウルコーポレーション 総帥 ナイトキースここに参上!』と、書かれている。

「カードが燃えたり、崩れた瓦礫の下敷きにならない程度の爆発を起こしたいのだ。それでいて騒ぎにならないと困る。出来るか?」


 レイナはこういった細かい作業が大好きである。多分、三度の飯より好きである。そんなわけで、注文が多ければ多いほど、燃えるのだ。つけ加えるとするならばサカキの放った言葉、『お前の力なしでは』の一言に歓喜していた。

「出来ますぅっ!」


 ビシッ


 敬礼などして見せたりする。

 ……で、結局なんだかんだいって行動開始となるわけでありま、


 バンッ


『纏まる話しをややこしく』するかのように現われたのはヴィグ。サカキの家でおとなしくテレビでも見ているとばかり思っていた彼の突然の登場に全員がその場を取りつくろうと慌てる。


 サカキが黒板の字を消す。


 ラ・ドーンが地図を丸める。


 レイナがテーブルの下に隠れる。


「サカキッ!」

 呼び捨てである。

「ヴィグ、おとなしく家にいろと言っただろうがっ。何だっ」

 怒っているのか困っているのか、声は叱り口調でありながら、顔は情けないほど引きつっている。

「俺、考えたんだけど、やっぱ……」

 真剣な表情でサカキを見つめる。


「……やっぱ、何だ?」

 家に帰りたい、という台詞が出て来るのではと一同に緊張感が走る。冷静に考えればわかることだ。知り合いでもなんでもない、しかも見るからに怪しい集団に、ぽいと放り込まれ、迎えもなく、翻弄されているのだと。いくら虐待を受け、辛い毎日を過ごしていたとしても、そこが今までヴィグの居場所だったのだ。子供は大人が考えるほど簡単に事実を割り切ったりはしないもの。疑問がないはずがない。帰りたいと言い出す可能性は大、なのだ。


「やっぱ、」

 眉間に皺寄せ、何度も言い淀む。会議室全体に緊張が高まる。その緊張がピークに達したとき、ヴィグが口を開いた。


「ナイトキースジュニアってかっこ悪いと思うんだ。確かにサカキの後を継ぐんだからいずれはナイトキースを名乗ることになるのかもしれないけどさ、せめて修行の期間だけでも何か自分だけの特別な名前が欲しいなって思ったわけだ。で、自分なりに考えたんだけど、俺……って、おい!」

 熱弁をふるっているその傍らで、三者三様脱力しているのだ。


「……ふぁぁぁ、」

 あくびのような声を出し、サカキが床に座りこむ。


「どうなんだよっ! 俺の名前っ!」

「……え? ……ああ、名前だろ? 好きにしていいが」

「……もしかして、俺が来ちゃいけなかったのか?」

 辺りの雰囲気を察してか、ヴィグが申し訳なさそうに頭を掻く。サカキにしてみれば、まだまだ子供であるヴィグには刺激が強過ぎるだろうということで会議への参加を見合わせたのだが、ヴィグはそれを「仲間外れ」と感じてしまったのではと危惧する。


「そうだよな。世界制覇のための大切な会議だもんな。俺、まだ冷酷になりきれてないし」

「……冷酷に?」

 あまりにも組織に関係のない単語を耳にし、思わずオウム返ししてしまうラ・ドーン。

「爆破って言葉だけ聞いちゃったけどよ、どのくらいの規模で爆破するんだ? 三番都市全域か?」


 ギラギラの目である。


「やっぱ千単位の犠牲を出さないとな、世界を震憾させるってやつだろ? 世の中なんてどうせ悪い奴ばっかだしさ、ここらでガツンと、」

「ヴィグッ!」


 慌てたのはサカキたちである。ヴィグは勘違いをしているのだ。いや、勘違いというのは間違いか。まだ悪の大結社についてのちゃんとした説明をしていないのだ。勝手に解釈したのはいいが、このままそれを信じてしまっては取り返しの付かないことになる。サカキは確かに悪を名乗っているが、それは形上、というか、なりゆき上のことで、世界を手中に収めるために平気で人を殺すような真似は死んでも出来る筈がないし、もちろんするつもりもないのだから。


 俺は人殺しなんだと泣いていたヴィグ。それを違うと説き伏せ、自分の手もとに置こうとした事実を『人殺しをした自分、そしてそんな自分を認めてくれた人たち』として受け取られては困るのだ。俺は腕を買われて引き抜かれたのだ、と? 冗談ではない。ヴィグは初めから人殺しではないのだし、人を殺すという行為は恥ずべきものであるのだから。


 ややこしい話であった。サカキは何度も繰り返した。お前は人殺しではないのだと。そして、人の命は何よりも一番大切なものなのだと。悪の大結社である自分がやろうとしているのは殺戮ではないのだと。


「犠牲者など一人も出さんぞ! 爆破は極小規模に行うのだ! 誤解されては困る!」

 全力で説明する。

「小規模って、爆破の意味あるのかっ? 何がしたいんだよ!」

 話に矛盾が多く、ヴィグには話の内容が納得出来ないようだった。当たり前だ。納得しているラ・ドーンやレイナの方が変なのだから。


「……それは……あっ、愛だっ!」

 苦しまぎれに叫ぶサカキ。悪を掲げながら愛を語る奴はそうはいまい。

「……あい?」

「そうだっ! 愛だよ、愛っ! 私はナイトキースとなり、事件を起こすことで人々の心に愛の炎を灯すのだぁっ!」

 どうこじつけるつもりなのやら。

「どうやってっ?」

「……あ……う……」


 子供を騙すのは時に大人を騙すより難しいものである。事、哲学においては正解も不正解もごっちゃなのだ。ニュアンスで話が通じるものではない。


「だから、そのぉ、」

「そっ、そうよヴィグ! あんただってその愛を受けた張本人じゃないのぉっ。自慢じゃないけど社長はねぇ、やることなすこと全てが愛に繋がっていると言っても過言じゃないのよぉっ。本当なんだからねぇっ」

 レイナが加担する。が、ヴィグに納得した様子はなかった。相変わらず挑みかけるような目でサカキを見ていた。サカキは大きく息を吸い込み、覚悟を決めた。話さねばなるまい。デオドルラヴィーセウルコーポレーションの全てを。


「……わかった。ヴィグ、おまえを一人前の男と見込んで、そして私の後継者として全てを話そう」

 サカキが深く頷きながら、言った。


 悪の大結社を作ったそのわけを話すのは、もっと先だと思っていたのだが……仕方ない。


 ゴクリ、ヴィグが喉を鳴らす。


 この後聞かされた話の馬鹿馬鹿しさを、そしてサカキの異常なまでの愛し方をきっとヴィグは一生忘れないだろう。ただ一人、自分の愛する者のためだけに、時間と手間と金と、そして危険を冒してこんなことをしているのである。ただ一人、クララのために。


 愛のため。


 その言葉には、確かに嘘、偽りはないのだ。だが、自分にはまったく無関係であるのも確かだった。人の恋路、しかも自分より年下の…娘くらい年の離れたガキ相手に必死になるサカキの姿は、端から見たら怪しいストーカーでしかない。この怪しい集団が、たった一人の少女が放った


『ナイトキースが好き!』


 の一言で始められたものだとは……。


「それでな、クララがな、」

 呆れているヴィグを前に、サカキのニヤついた顔があった。

 クララへの愛の話は、しばらく終わりそうもなかった。


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