第19話
この季節には珍しく、晴れの日が続いている。
結婚したばかりの新妻にとっては『お布団が干せて助かるわぁ』という天気であろう。
気分が盛り上がっているサカキにとっても、カーテンの向こうの晴れ渡った青空は嬉しいものであった。もちろん、廃ビル爆破計画が雨天だと中止されるというわけではない。昨日の今日ではあったが、早速実行に移すことになっていた。
爆弾は出来ているのか?
もちろんである。レイナの驚異的なスピードと技術で、超弱力小型爆弾は昨夜……いや、今朝、完成していた。
「いい天気だなぁ」
まだパジャマを着たままのサカキが片手を顔の前にかざし、太陽を見上げた。雲ひとつない、快晴である。
「あふぁ」
寝ぼけ眼で起きだしてきたのはヴィグ。組織での呼び名を夜遅くまで考えていたせいであろう、寝不足なのだ。
「おはよう、ヴィグ。どうだ、いい名は考えついたのか?」
ラ・ドーンがマドンナ、レイナがリンダ、サカキがナイトキースである。ヴィグがいきなりフランソワーズになる事はまずないだろうが、一応周りに合わせた名前を、と言ってあるのだ。
「ああ、考えたぜ。色々考え過ぎて決めるのに時間がかかっちまった。でもよぉ、大切なことだろ? 名前って」
「まぁ、な」
「サカキより偉そうな名前にしたら悪いと思ったから『デスサンダー』はやめといたぜ」
……趣味が悪い。
「それで結局何にした?」
「ナイトバロン」
「……ほぅ、」
うん。こっちはなかなかではないだろうか。
「俺さ、『怪盗』って感じで行きたいんだよな。ナイトキースってのも名前だけなら怪盗なんだけど、仕事の内容がなぁ」
と、いうか、始めたのはサカキなのだから好きにやらせてあげて欲しいものだが。
「怪盗か……。うむ、いいな、それはそれで」
感化されやすいサカキは言葉の響きだけで話に乗ってしまっていた。サカキよ、お前の目的は世界征服ではなかったのか?
「二代目として私のあとを継ぐときにはその路線で進めてみればいい。……しかし、何を盗むんだ?」
「そりゃあ、決まってるだろ」
「あん?」
「女のハートさ!」
ませガキめ。
「サカキもよぉ、ガキ相手にいつまでもうだうだしてないで年頃の女の一人も捕まえろよな。俺が邪魔ならラ・ドーンの家に行ったっていいんだしよぉ」
「ばっ、馬鹿もんっ。誰が邪魔だなんて言ったっ。お前はここに住むんだっ。それに、ラ・ドーンと一緒になんて住んでみろ、喰われるぞっ」
ゾワッ
ヴィグの体に悪寒が走る。確かに、その可能性はありそうだった。
「それからな、クララは私の天使だっ。歳なんて関係ないっ。私の命あるかぎり、私はクララの幸せのため、この命を捧げるのだぁぁぁっ」
ぐももももも!
朝から燃えているサカキであった。
「……へいへい、」
いいかげんな相槌を打ち、ヴィグは台所へと向かった。ここでは食事は交代制だった。男だから、子供だからと言って食事の用意も出来ないようではいかん、とサカキが決めたのだ。そのおかげか、ヴィグもだいぶ料理の仕方を覚え始めていた。
「卵は?」
「ナイトキースは半熟が好みだっ。ボスの好みくらい覚えておけぇいっ」
「だー、もぅ、怒鳴るなよ、サカキ」
「ナイトキースだぁぁぁっ」
高血圧なんだろうか?
(塩分は控え目にした方がよさそうだな)
腕を頭の後ろで組み、ヴィグは心の中で呟いた。
「さて、どれどれ」
サカキは急に年寄り地味た掛け声を出すと、新聞片手にトイレに向かう。誰にも邪魔されることなく、狭い空間で静かに新聞を読む。これがサカキの朝の日課となっている。なにしろ、邪魔者が多いのだ。
「ワンワン、ワン」
「きゃんきゃん」
「うにゃ~ぁ」
ぞろぞろとサカキの後を付いてまわる動物たちを払いながら、無事、トイレのドアを閉める。ドアをかりかりひっかく音が聞こえて来る。が、やがて諦めたのか、静けさが訪れる。サカキは新聞を広げると、全ページにざっと目を通す。
「むふふふ」
明日はここに『廃ビルにナイトキース現わる!』の記事が載るのだ。そう思うと、自然に頬が緩む。
準備は午後から進められる手筈になっている。昼間から爆破というのもどうもピンとこないし、何より徹夜明けのレイナを寝かせてやろうというサカキの心遣いであった。午前中、空いた時間はヴィグを連れて買物にいくことにしている。ヴィグが暮らしていた例のおばさん宅から着替えは届いたものの、小さかったり汚れていたりでまともなものがほとんどないのだ。どうせ必要になるものだし、文房具やカバンなども含め、まとめて買い揃えようと思っていた。
ヴィグは学校に行けていない。とはいえ、読み書きや計算などはそこそこ出来るようだ。こっちにはレイナがいる。遅れた勉強のツケはレイナに見てもらえばいいだろう。ラ・ドーンはああ見えて語学が達者だ。二人が勉強を見てくれればすぐに遅れは取り戻せるだろうと踏んでいた。
問題は……。
クララと同じ学校に行かせることだ。万が一にもヴィグが必要以上にクララと接近しないよう、気を付けねばなるまい。義理の息子といえど、クララにとっては悪い虫。これでもか、ってくらい心の狭いサカキなのである。
「大した事件は載っていないな」
バサバサと新聞をたたむ。ドアを開けると、台所からいい匂いがしていた。
(……いい匂い?)
「サカキッ、助けろっ」
匂いと一緒に黒い煙が立ちこめている。
「……またやったな、」
半熟の目玉焼が食べられるようになるまでは、まだ、しばらくかかりそうだった。
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