第3話

「あら? 社長は?」


 一段落したのか、動かしていた手を休め周りを見渡すレイナ。趣味に没頭するあまり時間の経過というものをすっかり忘れていたのだ。


 ここはデオドルラヴィーセウルコーポレーション第一基地である。基地、などと言ってはいるが、会社の地下にある薄暗い倉庫の一室。ちなみに、第二基地はない。

 遅刻してきたレイナは、そのまま事務所にも立ち寄らず、まっすぐ地下の作業場へと向かっていた。なんでも、発明品を思い付いたからすぐに作業に取り掛かりたいのだとか。昨夜は設計図を作るのに徹夜していて、起きるのが遅くなったとのこと。


「今何時だと思ってるのぉ? 大幅に遅刻しておいて、時間外に現れたかと思ったら勝手に作業部屋に籠って、通常業務何もしないで趣味に没頭?」


 テーブルに肘を付き、頬杖を付いているのはラ・ドーン。お気に入りの赤いチョーカーを首にまいているその姿は、誰がどう見ても首輪である。でかい図体に女言葉。見かけこそ異様だが、遅くまで仕事に取り掛かっている仲間を待っているあたり、性格はかなり優しく、面倒見がいい。


 当たり前だが、彼らは普通の仕事もしている。


 ここはサカキが社長を務める商社だ。主に輸出入を中心に動いている。それなりに儲かっているため、二人は副業として、サカキの夢(?)を手伝っているのだ。


「何時?」

「夜の九時。社長はカルロ様のところ」

「またぁ?」

「そうよ」

「社長も好きねぇ」

 お目当てが十二歳のガキだというのが何とも情けない。女目当てに夜のネオン街に消えてくれた方が部下としてはよっぽど安心できただろうに。


 ふと、見るとテーブルの上には彼が何かを食べたであろう、空になった皿が乗っていた。

「……って、ラン、あんた何食べてたの?」

 皿に気が付き、レイナ。ちなみに、ランとはラ・ドーンの愛称である。

「ホルビッツのケーキ」

「ああっ、ずるいっ。独り占めなんてっ」

「だってレイナちゃん、いくら話し掛けても返事しないからぁ」

「あたしもホルビッツのケーキ食べたかったのにぃ」


 レイナが頬を膨らませ、抗議した。ホルビッツのケーキ。それは今流行のノンカロリーケーキで、ダイエット中の女性を対象に売り出された新商品であり、若い女性を中心に大人気になっているのだ。


「そ・れ・よ・りっ、今度は何を作ってたのよぉ?」

 話題転換。いい作戦である。案の定、レイナはケーキの事を忘れ、自分の作った作品の方に気を向けた。

「聞いて聞いてっ。レイナちゃんの大傑作!」  

 何やら機械の散乱した中からこれまたがらくたのようなものを取りだし、自慢気に差し出す。手の平サイズの四角い物体で、一見ラジオのようである。が、側面からコードが伸びており、先がマイクになっていた。


「……カラオケの機械?」

「ちっがぁぁうっ! ボイスチェンジャーよっ。ボイスチェンジャー!」

「なぁんだ」

「なんだとは何よっ」

「だぁってぇ、レイナちゃんにしてはずいぶん俗っぽいんだものぉ。がっかりぃ」

 ラ・ドーンとしては、『色のついた水を透明にする機械』や『洗濯機で虹を作る機械』や『新聞紙を白紙に戻す機械』とかいったどうでもいいようなものの方がよかったのである。


「ふっふっふ、」

 肩を落したラ・ドーンを横目に、レイナが腰に手を置き楽しそうに笑い始めた。

「これをただのボイスチェンジャーだと思ったら大間違いよっ」

「違うの?」

「この、天才レイナ様がそんなちゃちなものを作りますかってぇの」

「なにっ? なんなの?」

 ちょっと大げさなくらいの興味を示す。

「これはね、名付けて『逆探査不可能ボイスチェンジャー』!」


 はしゃぐレイナを尻目に、ラ・ドーンの方はきょとん、とした顔で彼女を覗き込んでいる。よく、わからなかったらしい。


「……って?」

 説明を求めるラ・ドーンを面倒臭そうに見返すレイナ。彼女としてはここで大きな驚きと尊敬の眼差しが欲しかったのだ。


「だからぁ……、ボイスチェンジャーなのっ」

「それはわかったわよぅ。逆探査不可能ってのはなんなの?」

「……そのままよ」

「だってレイナ、逆探査って普通、電話とかの通信先を読み取ることでしょう?」

「そうよ」

「ボイスチェンジャーってのは声を変える機械じゃない?」

「当然!」

「どうしてそこに『逆探査』なんて単語が、」


「んもぅっ。物分かりが悪いんだからぁっ。説明するとぉ、このボイスチェンジャーで喋った声はどんな機械で分析しても絶対に元の声がばれないようになってるのっ! つまり、元の主を辿られないってこと。これって実はとーっても画期的なことなの。わかったっ?」

 腰に手を当て、自信満々に言い切る。

「ああ、なるほど」

「これを名付けるとしたら『逆探査不可能ボイスチェンジャー』になるでしょう?」


 ……なるのだろうか?


「せっかく社長に見せて褒めてもらおうと思ってたのになぁ」

 頬を紅潮させ、遠くを見つめる。そんなレイナの横顔を見、小さくラ・ドーンが溜息を吐いた。


(どうにかしてよ。この、オジコン!)


 ……そう。レイナは「超」の付くオジサンコンプレックスの持ち主なのである。相手がイケオジならまだしも、あの、サカキだ。まぁ、三十代でオジサン認定もどうかとは思うが、実際二十九歳のラ・ドーンから見てもサカキはオジサンだと思える。だからどうしてサカキに好意的感情…しかも恋心が向けられるのか、ラ・ドーンにはまったくわからなかった。サカキがいい人間であることは認めるが、恋人にしたいとは…さすがに……。カルロの方が顔もいいし仕事も出来て、よっぽどイケオジだと思う。


「まあいいや。もうしばらく手を加えて社長の帰りを待ってよーっと。きゃっ、私って一途ぅ」

 腰を振り振りロックンロール。完全にイッてしまっているレイナを横目に、ラ・ドーンはもう一度溜息を吐きだす。


「……じゃ、あたし先に帰るから、レイナちゃんもあまり遅くならないうちにお帰りなさいよ? 女の独り歩きは危ないんだから」

「はぁい」

 元気良く手を上げ、レイナ。ラ・ドーンの言葉が耳に入っているかどうかは怪しいものだ。熱中すると時間などまったく気にしないのだから。


「あ、そうだ。それと、」

 行きかけ、ラ・ドーンが思い出したように振り返る。いや、実際忘れていたのだが。

「何?」

「明日の朝、今日やるはずだった作戦会議をするって社長からの伝言。明日こそは、くれぐれも遅刻しないようにって」

「了解っ」

 嬉々として敬礼などして見せるレイナを見、ラ・ドーンの中に小さな嫉妬が生まれる。


(若いっていいわね。ぶりっこしても許されて。私だってもう少し若ければ…)


 年ではないぞ。見た目の話だ。


(あと十年若ければ……、)


 既にムキムキだった頃だから却下だぞ。


「帰ろっと」


 恋心に胸ときめかせているレイナのキラキラした瞳を見て、つい可愛いと思ってしまったのが悔しいラ・ドーンだった。


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