第35話

「えー、紹介します。こちら、クララを誘拐した犯人の一人で、ハルさんこと、シュンです!」


 レイナが元気いっぱいに紹介を始める。隣には所在なさげにモジモジと立ち尽くす童顔の青年。


「……は?」

 サカキは状況が掴めず、首がもげそうなほど横に倒した。


 警察車両を目撃したサカキとラ・ドーンは、さすがにあの場にいてはまずいだろうと事務所に戻ったのだ。するとそこには、レイナとこの青年…シュンが二人でお茶を啜っていた、というわけで。


「なんだって?」

 首をもたげたまま、サカキ。

「えっと、だからね、この人が、犯人」

 ピッとシュンを指差し、レイナ。


「ちょっとレイナっ、なにがどうなってこうなったわけぇ? この可愛い男子が誘拐犯なのぉ?」

 ラ・ドーンも分けがわからず、同じようにシュンを指差す。

「本当にこいつが誘拐犯なのかっ?」

 つられてサカキも指を差す。


 全員から指差され、さすがにシュンがムッとした顔になった。


(人を指差しちゃいけないって習ってないのかっ)


 人の道外しかけている割には、変なところ真面目である。


「どうやって捕まえてきたわけぇ?」

「えっと、実は…、」


 レイナはこうなった経緯を話して聞かせた。シュンとは施設で兄妹のように育っていること。情報が欲しくて彼にコンタクトを取ったこと。そしてまさかの、彼がハルであったこと。


「社長には、昔の仲間と連絡を取ってはいけないって言われてたんだけど、シュンなら何か裏社会のこと知ってるんじゃないかって思って、それで…、ごめんなさい!」

 深々と頭を下げる。


 確かに、レイナの身請け引受人になるとき、レイナと約束したのだ。もう悪いやつらとは連絡を取り合うな、と。それでいて自分は悪の大結社、って矛盾してるぞ、サカキ。


「なるほどねぇ、そういうことぉ。でも、情報どころか、実際は張本人だった、ってことでしょ~? 偶然にしては、出・来・す・ぎ!」

「私だって驚いたよぉ。シュンがハルって名乗ってるなんて知らなかったしっ」

「レイナたちがサツに捕まったあとで名前変えたんだよ。シュンハルに」

 バツが悪そうに頭を掻く。


「うむ、なんとなく自体は把握出来た。ところでレイナ、警察無線を聞いてくれ。現状が知りたい。どうもおかしなことになっているようだぞ」

 サカキが難しい顔で言う。と、


「おい、レイナお前、真っ当な人生歩んでるんじゃなかったのかっ? なんで警察無線なんかっ、」

 そりゃ突っ込まれるわな。


「ああ、これはいいの! 仕事の一環だから」

 サクッと、レイナ。

「仕事?」

「そう。悪の大結社という名のもとに、世界救済計画実行中なのよ!」

 よくわからない話だ。しかしレイナがあまりにも真剣かつ情熱的に目を輝かせているため、それ以上の突っ込みはやめておくシュン。


 レイナはサッとパソコンを取り出しカチャカチャとキーボードを叩き始める。ヘッドフォンを付け、警察無線をちょっとばかり拝借する。と、


「え? なにこれ?」


 レイナが目を見開き、サカキを見た。ヘッドフォンを外し、パソコンから直に音を出して皆に聞かせる。


『こちら、現場です。繰り返します。社内には一名だけです。ええ、ホトケは間違いなくパラダイスシティコーポレーションのCEOです』


「はぁ?」

 ラ・ドーンが声を上げる。


『今、カルロさんとデルディオさんが戻りましたので変わります。あ、これ、繋がってます』

『カルロだ』


「きゃ~! カルロ様ぁ!」

「ラン、煩いっ」

「だぁってぇ」


『一体どうなってんだか。ホトケ以外、誰もいない状態だ。睡眠ガスを使った形跡があるようだが、ここに控えてた工作員はどこへ消えたかわからん』

『ボギーは?』

『勿論影も形もない。見たところ、血痕もなきゃゲソコンもないようだ。おい、デルディオ、裏は?』

『ああ、裏はトラックのタイヤ痕だけだな。会社のトラックの数を調べてるところだ』

『今、鑑識が向かってるから、しばらくはそこで待機だ』

『空港は?』

『検問を敷いてはいるが、まだ引っかからん』

『了解』


 プツ


 通信が切れる。


「……どういうことなんだ?」

 サカキがシュンを見る。シュンは首をブンブン振り、

「俺がわかるわけないだろ! ヘブンにはそれなりの数の工作員がいるはずだ。全員消えるって…ボギーの兄貴は一人なんだぞ?」


 レイナがパソコンに向き直る。操作しながら、

「パラダイスシティって会社は、手広い商売してるみたいね。金貸しからコンサルタント、輸出入なんかもやってるし、ホテル経営にカジノ、うわ、チョコレートも売ってるじゃん」


「トラックがどうの、ってのは、多分輸出入関係だな。表向きは雑貨やサプリ、裏では薬や武器も売ってるって聞いたぜ」

 シュンが補足する。


「つまり、なんだ。ボギーはビルに催眠ガス撒いて工作員を眠らせ、ボスをったあとで工作員をどこかに始末したってことか?」

 サカキが腕を組み、首を捻る。


「でも社長~、何十人もいる手練れを、いくら眠らせたからって、どこに隠すのぉ?」

 ラ・ドーンの意見はもっともだ。


「トラックに積み込んで海の底にでも沈めるとか?」

 レイナが恐ろしいことを言ってのける。

「うわ、やだ! 悪趣味っ」

 レイナが突っ込む。

「いや、ボギーの兄貴はそんな面倒なことはしないはずだ。殺す気なら催眠ガスじゃなく、毒ガスで一気に、」


「そうか!」

 サカキがポンと手を叩く。


「レイナ! 無線に割り込みは出来るかっ?」

「は? 割り込みって、社長なにする気ですか?」

「カルロに伝えたいことがある。お前が作ったボイスチェンジャーも必要になるぞ!」

「え? あれを? やった~!」

 レイナが飛び上がって喜び、そのまま脱兎の勢いで部屋を出る。


「カルロめ、ぼやぼやしてると逃げられちまうぞっ」

 サカキはニヤリ、と笑った。

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