第7話
さて、やっとの思いで目的地に辿り着いたサカキたち一行。
さくら幼稚園では園児たちが楽しそうに遊んでいる最中だった。園児の帰宅時間まではあと三十分ほどである。
「用意は出来ているのか?」
この日のために用意したオンボロの車の中で、三人は固まってじっと息を殺していた。バスに乗り込むのはサカキとラ・ドーンの二人。レイナはこの車でバスを先導する役だ。
「用意ったって、玩具屋さんで買った銃だけですけどぉ?」
ラ・ドーンが面倒臭そうに言った。
「質問にだけ答えろっ!」
「用意出来てますぅ」
銃くらい本物を使うのだと思っていたのに『万が一発砲して怪我人が出たらどうするんだっ!』というサカキの一言で誰がどう見ても玩具にしか見えない銃をポケットにいれて突き付けるという、この上なく安易な方法を使うことになっていた。
「本当にこんなのでうまくいくのかしらねぇぇ?」
スイッチを入れると情けないほどの音量でピロピロピロと銃が鳴いた。
「鳴らすなっ!」
緊張のせいか、今日のサカキはいつもにも増して短気だった。
「社長、」
窓の外を見ていたレイナがサカキの肩をつつく。
「総帥っ!」
「……総帥、そろそろですけど?」
クイ、と顎でしゃくる、その先には幼稚園バスが待機のため動き始めていた。ゆっくりと迂回し、門の所に止まる。
「よし、いよいよだな」
悪の大結社、デオドルラヴィーセウルコーポレーションの記念すべき『第一回 幼稚園バス襲ってGo!』作戦開始である。
帰り支度をした園児たちが各々バスへと乗り込む。ここで出ていってしまうとバスジャックにならないので、バスが走り出し、大通りに出る手前までは後を付けるだけ。大通りを走り抜け、住宅街に入ったときが勝負だ。
「レイナ、B地区までの予想時間は?」
声を殺して、サカキ。
「へ? B地区?」
「コホン、ハタゴヤ三丁目だ」
幼稚園バスを襲うことになっている場所である。いつの間にB地区などという呼ばれ方をするようになったのやら。まったく格好ばかり付けたがるのだから。
「ああ、約十分程度です」
さしたる抵抗もなくレイナ。A地区が存在しないこともすぐに理解したが、つまらない突っ込みはやめておいた方が無難だろう。
「了解した」
大げさに返事を返し、サカキは幼稚園バスを見つめた。園児たちは何も知らずにバスへと乗り込んでいく。
「ふっふっふっ、ガキどもめ、笑っていられるのは今のうちだ」
いつになく盛り上がっているサカキ。だが、声が震えていることには気付いていない。小心者なのである。
「全員搭乗したようです」
言葉は間違っているが雰囲気を出そうと一生懸命のレイナ。ラ・ドーンが隣で『それは飛行機の時に使うのよ』と訂正するが完全に無視された。
「出発だ」
動き始めたバスの後ろをそろそろとボロ車がついて行く。サカキは高鳴る心臓を必死に押さえながら成功を祈る。心の中で今回の計画を何度も繰返し確認していた。
(我が名はナイトキース! ……うむ、いきなり名乗るのは力み過ぎだろうか……)
昨夜いくつか考えた台詞の中から最も適しているものを選抜にかかる。
(んふふふふふふふ、ははははははは、だーっはっはっはっは……笑うってのもいいな)
「総帥、そろそろ準備を」
「よし。ラ・ドーン」
「……はぁーい」
サカキが例の仮面を付ける。ラ・ドーンが続いて競泳用のゴーグルを装着した。ミリタリーにゴーグル。妙な取合せではあるがはっきり言って変というより怖い。かなりの迫力である。
「いやぁん、私の美しい顔がぁ」
手鏡でのチェックは怠らない。
「更に魅・力・的!」
常にポジティブだ。
「い、いいか、ラ・ドーン」
「はぁーい、準備万端よぉ」
「レイナ、予定通り先回りだ」
「了解っ」
サカキたちの車がスピードを上げ始める。バスを追い抜き、一本先の道を右折。グルッと廻ってバスの行く手を阻もうというのだ。
キキーッ
道を塞ぐようにして車が止まる。向こうから予定通りバスが走って来るのが見えた。
「降りるぞ。ラ・ドーン」
「おっけぃ」
「レイナ、後は任せた」
「いってらっしゃーい」
サカキとラ・ドーンが車から降りるのを確認し、レイナは車のエンジンを掛け直した。二人がバスをジャックしたらすぐに、目的地まで先導することになっているのだ。
目的地?
ふと、思い返す。
「……どこに連れて行けばいいんだっけ?」
いまいちわかっていないレイナであった。
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