CURRENT CHAPTER <カレント チャプター>

にわ冬莉

プロローグ

 ぷかぁ~


 タバコの煙が宙に舞う。丸い、輪っかのやつだ。たて続けに三つ。それはふわふわと小さな輪っかから大きな輪っかへ変わり、やがて空気に溶けた。

「……暇だな」

 男は机の上に足を投げ出し、目の前の新聞に視線を落した。


『カルロ・ベル刑事、またもや凶悪犯逮捕!』


 そんな見出しが真っ先に視界に飛び込む。

「……なになに? 昨夜十時、窃盗、殺人の罪で全国指名手配中の兇悪犯をマクレ三番都市警察切っての刑事、カルロ・ベル刑事が現行犯逮捕。カルロ・ベル刑事は前回、同都市内でおきた誘拐事件の犯人逮捕に続き今回で六度目のお手柄となる。マクレ三番都市警察ではカルロ・ベル刑事に対し、感謝状と金一封を授与すると共に、刑事から警部補佐への昇格を検討中、」

 抑揚のない声で読み上げ、読み終わると同時にそれを床に放った。


「ふんっ、」

 手の中のタバコを乱暴に灰皿にこすり付ける。

「ふんっ、ふんっ、」

 新聞の上に立ち、ぐしゃぐしゃとひねり潰した。

「ふんっ、ふんっ、ふーんっ、だっ」

 ジャンプ。ジャンプ。ジャンプ。


「……あのぉ、」

 踏み付けることに夢中で人が入ってきたことにも気付かない。

「このぉっ、てめぇっ、いい気になりやがってぇっ!」

「あのぉ、社長?」

「このっ、このぉっ」

「しゃちょおっ!」


 ダンッ


 たたらを一回。ビルが少し、揺れた。天井から埃が落ちる。

「うおっ、な、なんだ、お前か」

 見知った顔であることに安堵し、椅子に座り直す。机の上の埃を払い、言った。

「何か、用か?」

 入ってきたのは筋肉隆々の大男。二人を並べると、その大きさの違いがよくわかる。

「レイナちゃんがまだ来ないんですぅ。事故にでもあったんじゃないかしら?」

 大真面目に体をくねらせている。手の平を頬に当てがい、目を潤ませるその様は慣れるまでかなり気持ちが悪い。


 ……慣れてからも気持ちが悪い。


「どうせまた寝坊だろ? まったくあのおきゃんぴーめ、いつまでたってもバイト気分が抜けんな」

 カツカツと、爪で机を叩いた。

「社長、怒っちゃ嫌ですぅ。短気は、そ・ん・き!」


 ゾワワワワ


 背中をナメクジの群れが這う。

「……どうでもいいが、お前、制服はどうした?」

 一応、決められた制服があるのだ。もちろん社長自らも着用している。黒をベースとした、体にピッタリのスーツ。今、彼(?)が着用しているのはゆったりした、フリル付きのブラウスと淡いグリーンのキュロット。無駄毛はもちろん処理済み。膝から下、異様に太い足がニョロリと伸びている。

「だぁってぇ、あの制服着ると体の線がモロ出ちゃうんですものぉ。あたし体の線、太いからぁ、恥ずかしいんですぅ」

「……くっ、」


(まともな社員が欲しい)


 こめかみの辺りを押さえながら、心底、思う。

「それより社長、例の件、今日打ち合わせするんですかぁ?」

 クネクネしながら、話題を変える。

「ああ。全員揃ったらな」

 全員も何も、遅刻しているあと一人を待つだけなのだが。


「そうだ、例のモノは出しておいてくれたんだろうな?」

 意味深な言い方で、確認を取る。なにしろ『例のモノ』はこれからやろうとしている大プロジェクトの片鱗を匂わせるための、盛大なプロローグとなるのだから!

「はぁいっ」

 元気のいいラ・ドーンの返事に、何の疑いも持たなかいのは不覚なのであるが。

「……よし、下がれ」

「じゃあ、お部屋の準備、しておきますぅ」

 いそいそと部屋を出ていった。


 部屋の準備?


 何の事はない。茶を入れ、菓子を用意するだけの事だ。完全にお茶会かなにかと勘違いしている。


 そしてもう一人の、遅刻魔娘…。


 十八才でありながら飛び級で大学まで終わっている秀才なのに、とにかく時間を守れないルーズな性格。


「……こんなはずじゃなかった」

  大事な会議だって言ったのにっ。

 昨日、あれだけ遅刻するなと言ってあったのにっ。


 いつものことながら、やっぱりため息が出ちゃうのである。


 結局、レイナは一日現れずじまい。

 大切な会議は、翌日に持ち越されるのであった。

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