ようやく、相談

「えっ、大人っぽい女子になりたいっ?」

 太陽の機嫌がハイな昼休み。女子トイレの鏡の前。私の訊いた言葉をおうむ返しにした莉乃ちゃんは、リップを塗る手を休めて振り向いた。マスカラを塗ったまつげが瞬く。

「うん。どうしたらいいかなと思って……」

 学校に着くまで忘れかけていたけど、今日は一学期最終日。つまり、明日から夏休み。今日の帰りに手をつなぐと、天使から課された「登下校のとき、毎日手をつなぐ」という、課題は完了する。すでにデートとハグは完了しているから、残る課題は一つとなる。

 キスだ。

 できるかどうかは置いておいて、とりあえず夏休みに星廉と会う約束をしないと話にならない(いきなり今日キスとかは心の準備ができていないので、無理……)。でも、それも待ち合わせで会ってそのまますぐキスに持ち込むというのも無理があるだろう。こういうのは雰囲気づくりが明暗を分けるとネットで調べた。だから、これから今日中に星廉と夏休みに会う約束をして、その当日はなるべくいい雰囲気にもっていけそうな感じの格好――星廉が好きそうな(超主観だけど)大人っぽい女子的な感じを演出したい。そう考えたけど、自分ではどこをどうしたら大人っぽい感じになるのかがわからない。

 そこで、こういうのに詳しそうな印象がある莉乃ちゃんに、満を持して相談していた。

「大人っぽくなりたい、かあ……。あっ、髪型を変えてみるといいんじゃないかな! いっちゃんはショートだし、編みこみとか、バレッタでハーフアップにするのも良いと思う!」

「なるほど」

「あとは、やっぱりメイクかな?」

「メイクか……」

 あんまり気が進まない。

 メイクは必要性を感じなかったから特にやってこなかった。化粧して顔面偏差値を今以上に上げてしまったら、すっぴんである今以上にモテるかもしれない。これ以上、外野に騒ぎ立てられるのは面倒だった。

 あと中学生のときに一度、パッケージに惹かれてオレンジ色のリップを衝動買いしたことがあるけど、いざつけてみたら全然似合わなくて萎えた苦い思い出がある。

「いっちゃんはブルべ冬っぽいから~、濃いブラウンとか、深みのある赤とか似合うんじゃないかな。でも何で、急に大人っぽくイメチェンしたいなんて言うの? あっ、もしかして好きな人が大人っぽい子がタイプだから、その好みに合わせようと……!?」

「そ、そんなんじゃないけど……」

 声がうわずる。ちょっとだけ、嘘が混じった。

「可愛い。バレバレ~。誰が好きなの? ……まさか、一くん?」

 後半のセリフは、声をひそめて言う莉乃ちゃん。思いがけず二度見してしまう。

「いっちゃんって結構ピュアだよね~。耳が真っ赤になってる」

「……」

 あっさり伝わってしまった。たぶん莉乃ちゃんの女子としての勘が働いたのだろうか。

 だまった私に対し、莉乃ちゃんは楽しそうに化粧ポーチを取り出した。

「よし! せっかくだし今から、莉乃がいっちゃんのこと大人っぽくしてあげる!」

「えっ、い、今やるの? でも、まだこれから午後の授業だってあるし……。がっつりメイクした顔で星廉の隣の席に戻るのは何か恥ずかしいんだけど……」

「あ、そっか。じゃあリップだけ塗って、髪型、変えてみようよ! 鏡、みてて! 莉乃やってあげる!」

 莉乃ちゃんに言われ、私は鏡と向かい合った。慣れた手つきで私の髪の毛をすばやく編み込んでいく。

「リップ塗るから目、つむっててね」

 そう言われて、私は瞼を閉ざす。

 スティックの硬い感触が口に当たる。ドキドキしながら、スティックが唇から離れるのを待った。「お、いい感じ!」という莉乃ちゃんの声に、私は瞼を開ける。

 鏡を見て、驚いた。

 まず、チェリーを薄めたような色の唇に、目を奪われた。いい塩梅に口元が鮮やかになっている。そして、普段しない編み込みという髪型との相乗効果か、何だか少し色気が出たような気がする。いつもの私じゃないみたいだ。

「すごいね、莉乃ちゃん……」

 感嘆して言うと、莉乃ちゃんは笑顔になった。

「ふふ。よし、じゃあ見せに行こ! 一くんに!」

「えっ!? ちょっ」

 莉乃ちゃんは、私の腕をひっぱって駆け出した。

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