つかれて、放課

「はあ……」

 長い一日を終えた私。すのこのヒビを避けつつ、靴を履き替えながら自然とため息がこぼれた。つかれたのだ。

 やたら個性的なクラスメイトは、授業の合間の休憩時間ごとにかわるがわるやって来ては、「由利本城市のどこらへんに住んでたんだ!?」、「薔薇を一輪あげようか、花言葉は一目惚れさ」、「今日、カラオケ行ってマックでご飯食べない?」、「今期のアニメはなにか見てらっしゃいますかな? ふひひ」と、私の席に話しかけにやってきて非常にうるさかったし、授業中に当てられて教科書を読んだりするだけで、有象無象のクラスメイトたちが「超かわいい」、「ヒーリングボイス」、「喋る前に化粧水でも飲んだのか?」とかひそひそしてて非常に鬱陶しかった。

 帰りのSHR終了後、和泉先生が「どう、だった……一日目は……」と声を掛けてくれた。「なんとかやっていけそうです」と返すと、「そう……」とだけ返して去っていってしまったけど、「こういうさりげない気遣いができるところに莉乃ちゃんは惹かれたのかも」と思った。

 それはそれとして、帰るのが憂鬱だ。

 だって、家に帰れば東雲篤貴と顔を合わせないといけなくなる。いっそ、部活に入ってしまおうかとも考えたけど、この学校の部活はまともに機能していないらしいし……。

「やあ、待っていたよミス祈璃」

 何度目かもわからないため息を吐いて昇降口を出たところで、声を掛けられた。例の四人組がそこに突っ立っていた。こいつら何で一緒にいるの? 仲よしなの? F4でも気取ってるの?

「なんか用?」

「俺ら東雲さんに、ちょー大事な話があってー」

「大事な話?」

 嫌な予感を押し殺しながらそう尋ねると、彼らは互いに顔を見合わせ、何かの確認をするように頷きあってみせた。


「「「「つきあってください!」」」」


 四本の腕がバッと伸ばされる。

 ……え??

 さすがの私もちょっと引い……いや、驚いた。……四人から同時に告白されてしまった。

 ちょうどその時そばをカップルが通りかかり、男のほうが「すげー」とか言ってるのが聞こえた。

 …………面倒くさ……。

 いっそ「ウザ」とか「ダル」とか言って、この四人を追い払おうかという選択肢が浮かんだ。けど、伸ばされた腕はどれも緊張で微かに震えているように見えて、そんな気は失せた。

 罰ゲームとか、ふざけてるならまだしも……みんな、本気で言ってるんだもんな……。そういう反応で来られたら、こっちもなんだか冷たく突き放せなくなってしまう……。

「……ごめんなさい」

 私はそれだけ伝えて、会釈を返した。

 全員が顔を上げて私を見た。

「えー、なんで? 四人もいるんだし一人くらい好みなのいるっしょ?」

 ヘアバンドをつけたパリピが、さしてダメージを受けた様子もなく尋ねてきた。私は「ごめんねー」と営業スマイルをかかさない。

「ふひひ、やはり転入初日に告白は急すぎたのでは」

「でもでも! マジ善は急げとかってマジでよく言うし!」

「僕はやめようと言ったじゃないか……。ミス祈璃は今日会ったばかりの異性とどうこうなるような軽い女性ではないと……」

「ふひひ、でもそうは言いつつ万が一のことがあるのではと期待してアナタも告白してしまっているではないですか。ふひ」

 オタクの指摘にナルシストは、ばつが悪そうに黙った。

「ねーねー。じゃあさ、この中で一番チャンスあるのって誰? もし一ミリでもいいなーって奴いたらそいつとLIME交換しない?」

 そしてメンタルが鋼のパリピ。彼のその一言でほかの三人がズボンのポケットをまさぐってスマホを取り出した。全員がこちらを見ている。

「……悪いけど、私、この先誰ともつきあう気ないんだ」

 営業スマイルのままで本心を述べる。

 この際、適当にごまかすより正直に言ってしまった方がいいと思ったからだ。

「えっ、マジ!? じゃあ一生だれともつきあわないってこと!? そんな可愛いのになんで!? マジもったいない!」

 脳筋がおおげさに騒ぎ立てる。ここは、「まあちょっと」と口を濁した。

「理由! マジ理由だけ教えて! なんで誰ともつきあわないの!?」

「それは……」

 言いたくない。言うわけにもいかない。今度こそ、自己紹介の時みたく「だる」とか言って突っぱねてしまおうか……。

「ふひひ、まあまあ。そろそろ駅に行かないと電車が来てしまいますぞ。これを逃したら次の電車まで一時間待たないといけなくなるのですが」

「あ、やべガチじゃん。東雲さんも電車?」

 パリピが言った。

「私はバスだよ」

 スカートのポケットに入れていた定期を証拠として見せる。

「え!? マジでバス!?」

「うん」

「そうかい。送っていけないのが残念だけれど、気をつけて」

「うん、また明日」

 私がそう手を振れば、彼らは去っていった。「なにか男性に嫌な思いをしたのかもね」、「ふひ、あれだけ可愛いとやはりセクハラもされるのですやも」とか会話しながらも遠ざかっていく。

 騒がしさから解放されて息をつく。

「全員フラれてんじゃん、面白すぎるだろ」

 小馬鹿にするような男の声がして振り向くと、昇降口のところで上級生が数人たむろしていた。全員がにやにやと私を見ている。

「めっちゃ可愛いじゃん、あの子。だれ?」

「二年に転入してきたシノノメイノリちゃんだって」

「透明感やばー。肌白すぎじゃね。超清楚系って感じ」

 清楚系。

 その言葉に嫌な記憶の扉が開きかける。私は、彼らの声が聞こえなかったふりをしてその場を離れた。あれはへたに関わるとやばいやつ。

 あーあ帰っちゃうよ。おめーがジッと見てっからキモがられたんだろ。は? ちげーし多分。

 そんなやりとりまでばっちり私の耳にまで届いてきたが、素知らぬ顔をして中庭に向かった。

 まだバスまで時間があるし、人が来ないところで読書でもしよう。バスが来るまでの四十五分、時間を潰さなきゃ。

 人目をさけて中庭を進んで、吹き抜けの渡り廊下を横切り、いつのまにか中庭を突っ切って裏庭にたどりついていた。だれもいない。草が脛辺りまで生えているなか、どこか腰を下ろせる場所はないかしらと辺りを見回す。

 ふと、ふくらはぎの辺りに違和感があり、見ると虫がくっついていた。短い悲鳴が喉を突いて、反射的に手の甲で払い落した。

 ……人がいないのは良いけど、こんなところで本読んでたら虫に食われて大変なことになるな……。

 教室に戻るしかないだろうか。でも、教室は今、掃除当番の人たちが掃除してるし。それにまた玄関を通ったら今度こそあいつらに話しかけられそうだ。それはそれで面倒くさい。

 草だらけの裏庭で辟易しかけていると、すこし遠くに建物があることに気づいた。

 背の高い木々のせいで、全貌は見えないが、絵本に出てくるお城みたいな屋根だ。

 ふと莉乃ちゃんが言っていたことを思い出した。

 ――この学校の裏に礼拝堂があってね、願い事を叶えてくれるんだって……。

 あれが礼拝堂か。

 たしかに、こんなに草が生いしげっている場所にあると、誰かが足を運ぶことはなさそうだった。

 でも、室内ならきっと座るところもあるだろうし虫もいないかもしれない。

 そう考えた私は、礼拝堂のある方角に向かって歩き始めた。

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