第三章
ねむれぬ、月夜
『せいれんを見つけたのは、年長の春の日のことだった。
年長に上がって間もなくのこと、たまに一緒に遊んでいた女の子が季節外れのインフルエンザで幼稚園を休んだ。ほかの子と遊ぼうと思って、室内を見渡したあの日。部屋の隅で、一人問題集を開いている彼を見つけた。園児ながら、精悍な表情で黙々と問題を解いている彼に、私は一瞬で目を奪われた。それを契機に、初恋に落ちたことは、まるで昨日のことのように思い出せるのであ』
そこまで書いて、私は手を止めた。
机上に開いたリングノート。自分で衝動的に綴った書きかけの文章を改めて読み直す。堪えきれなくなり、両手で顔を覆った。机にペンを置いて、学習机に突っ伏した。
「私、なに書いてんの……?」
深夜の部屋にそんな呟きが溶ける。
しかも、東雲篤貴の愚痴を書く用のノートに。
途中まで書いていたリングノートのページを閉じる。そろそろ寝ないといけなかったが、何だか今日見た星廉の顔が思い浮かんで、眠れる気がしなかった。
先輩に絡まれていた私を助けてくれた星廉。怪我を心配してくれた星廉。抱きしめてくれた星廉。
……ん? 抱き締めた?
あることに気がついて、がばりと机から身を起こす。
スマホを取り出して、通知を確認する。すると、思った通り七時間ほど前に天使からメッセージが来ていた。
【一度以上の抱擁を確認しました】
そうか。偶然とはいえ課題を一つこなしていたのか……。
抱きしめられてる間も帰りのバスで星廉と手を繋いでいる間も、何だかずっとドキドキしていて、星廉のことで頭がいっぱいで、天使の課題のことなんて考えてなかった。
――私も星廉が好き。
保健室で、なぜだかぽろっとこぼれでた言葉を思い出す。途端に頬が熱を持って、かぶりを振る。
ちがう。あのときのあれは、「星廉のやさしいとこが好き」って言おうとして間違えただけだし。単なる言い間違いだし。友達としては好きだけど、だからってべつに星廉のことが恋愛的に好きとかそういうのじゃない。……でも、なんだか、前よりもちょっと気になる……ような気もする。
そこまで考えて、我に返った。
……いや、星廉を私にぞっこんにさせて課題を全部こなすことが目的なのに、私が星廉を意識してどうするの……!
「寝なきゃ……!」
顔が本格的に火照りはじめた私は、机から離れて、ふとんにもぐりこんだ。
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