おかしい、二人

「やあ、ミス祈璃おはよう。いい朝だね」

「ふひひ。朝から麗しいですな」

 教室に入るなりそんな賛辞を浴びたので、「おはよ~」と営業スマイルで返す。「今日も爽やかだ」、とか誰かが恍惚として言っていた。でも、表では爽やかでも、心の中では悶々としていた。

 星廉に、私のことを異性としての興味や好意を持ってもらうためには、どうすればいいか。バスに乗っているときからずっと考えている。

 けれど、今まで特に何もアクションを起こさずとも男子には勝手に好意を持たれてきた私。何をどうすれば相手を振り向かせることができるのか、なんてさっぱりわからない。しかも相手が、あの一星廉だ。勉学以外に何か強く関心を引かれることなんてなさそうだし、現に本人が「恋って未知で未踏です」とか言っちゃってた、そういえば。そんな彼をどうやって振り向かせればいいの……。

 人選ミスったかな……と思いつつ、席に着いて、教科書やノートを机の中にしまっていると星廉が声をかけてきた。

「祈璃ちゃん、授業中に具合が悪くなったらすぐ言ってくださいね……」

「あ、うん……。ありがと。今日はたぶん大丈夫。星廉がおにぎりもくれたし。ごめんね。お昼ご飯だったのに」

「またつくるから全然いいんです」

 気前がいい……。

 大人だなあ、と思う。自分の昼ご飯を躊躇なく私に差し出せたり、こうして気を遣ってくれたり。

 こういう星廉とだったら、ハグもキスもこわくないし、嫌だとは思わなかったから、昨日は見切り発車で「恋愛小説の参考にするから協力してくれないか?」なんて頼んでしまったんだ。

「そういえば、祈璃ちゃん、初日は結んでたのに最近は結ばないんですね。髪」

 星廉が自分の頭を指した。

「え? ああ。あの日は寝ぐせ直らなかったから仕方なく結んでたんだよ」

「結んでた方が涼しいんじゃないですか?」

「あんまり変わんないよ」

 私らがそんな会話をしていると、どこからともなく「結んでないほうが可愛いよね」、「いや、でも結んでた方が首の後ろが見えて色気がある」とかいう会話が聞こえてくる。そういう会話はトイレの鏡の前とかで人知れずやっててくれ、と切実に思う。

 そして星廉は微苦笑するだけで特にノーコメント。

 うーん。せめて、皆の十分の一でもいいから私の容姿にもう少しなびいてくれたら、オトすのもこんなハードモードではなかった気がする。ちょっと十七歳にしては落ち着きすぎてるんだよなあ……。

 さてどうしたものか、と前を向いた時、教卓の真ん前の席が空席なことに気が付いた。莉乃ちゃんの席だ。いつも、朝のHRが始まる時間の直前になって、和泉先生と一緒に教室に入ってくる。たぶん、今日もそうなのだろう。あの二人が教師と生徒以上の関係であることは確かだし、少しでもいっしょにいたいのは当然。だけど、大人の男の人とつきあうなんて莉乃ちゃんすごいよなあ……と思わなくもない。だって、十歳くらい年上の人とつきあって、デートとかどこに行くんだろう? 想像もつかない。

 ……ん? あれ、待って? つきあってるってことは、もしかして莉乃ちゃんには男の人をオトした経験があるってことじゃないか? 

 ふと気づいた。あの和泉先生の性格と立場上、向こうから強くアプローチするのは難しそうだし。あとなんか、莉乃ちゃん経験豊富そうだし、どうやって和泉先生を振り向かせたのか訊いてみる価値はあるかもしれない。それに星廉の精神年齢って、男子高校生よりアラサーとのほうが近そうだし(失礼)。参考になるかも……。

 そんなことを考えていたそのときだった。教室前方ドア付近から脳筋の声が飛んできたのは。

「おおっ!? マジびっくりした! 綿貫さんイメチェン!? マジ変わったな!?」

 見ると、あからさまに元気がない莉乃ちゃんが立っていた。

 スカート丈や緩いネクタイなんかは昨日と同じだけど、極端な薄化粧になっている。

 いつもは長い茶髪をふわふわに巻いてハーフツインにしているのに、今日は巻きもせず結んでもおらず、ストレートの長髪を背中に垂らしていた。

「……おはよう」

 莉乃ちゃんは、どよめくクラスメイト達にかぼそい声で挨拶をすると、ストレートの長い髪をさらさらと揺らして自分の席まで歩いて行った。

「……莉乃さん、なにかあったんですかね?」

 星廉がすかさず心配そうに私に耳打ちしてくる。

「むしろ、あれで何もないほうがおかしいよ。ていうか今日、和泉先生と一緒じゃないし」

「そ、そうですよね」

 予鈴が鳴った。ドアが開き、和泉先生が教室に入ってくる。

「HRやるから……席ついて…………」

 これで機嫌も直るだろうか、と思ったが、莉乃ちゃんはあろうことか、プイ、と和泉先生から視線をそらしてしまった。いつもならにこにことアイコンタクトを取るのに。それを見て、和泉先生も気まずそうな表情で黙っている。

 この二人、なにかあったな……、ということだけは何となく、察しがついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る