ここらで、再開

「終わったああぁーーーー!!」

 翌日。自習の時間にやることがなかった私は、席で文庫本を開いて読んでいた。だが、六時限目間近の時刻を指したとき、隣のクラスから赤羽君の達成感にあふれたそんな雄たけびが聞こえてきたのだ。うちのクラスメイトたちは思わず顔を上げて、隣の教室のある方向を振り向く。

 きっと、赤羽くんのクラスは六限が数Bの小テストだったのだろう。私たちは四限目に恙なく終えていたので、どこか微笑ましい気持ちでそれを聞いていた。成果がでたようで何より。しかし何の事情も知らない様子の誰かは「うるさ」と呟く。星廉は微苦笑。前に、星廉が教室の後方ドアを片方外してしまったせいで、隣のクラスの声がよく聞こえてくる仕様になってしまっているためだ。

「京教諭! 今回はとても自信がある! 星廉が教えてくれた解き方で解いたからな!」

「一に教わっといて、赤点とりやがったら殺すからな」

「安心しろ! 四十点は確実にとれている!」

「ったく……。じゃあとっとと答案用紙をよこせ、提出しなきゃ採点も出来ねェからな」

 聞こえてくる京先生の声音にも、どこか安堵が含まれている。生徒が留年をまぬがれただろうことにホッとしているのがわかった。

 やがてチャイムが鳴り、教壇に頬杖をついて、莉乃ちゃんと見つめ合ってた和泉先生がハッと顔を上げた。

「あっ、目そらした! 莉乃の勝ち!」と莉乃ちゃんが嬉しそうに席を立ち、ナルシストが「何だい、それ?」と問うと、「六限の間、目を合わせ続けるゲームしてたの。先にそらした方が負け!」と弾んだ口調で答えた。

 うん……。まあ、和泉先生も自習時間の監督なんて、することがなくて退屈だったんだろうし……。でも、二人の仲が修復されて何よりだ。それに、テストも無事に終わったし。

 でも何だろう。肝心な目的は達成できていない気がした。

 そこまで思考を巡らせて、瞬時に思い出した。天使からの課題がまだ全然終わってないことに。

 ハッとして、私は反射的に開いていた文庫本を閉じた。

 天使から課された課題は全部で四つ。

 ① 毎日、登下校のとき手をつなぐこと。

 ② 一度以上、デートすること。

 ③ 一度以上、抱擁すること。

 ④ ①.②.③の課題をこなした異性と口づけをすること。

 順調に進んでいるのは①だけだ。しかも一ヶ月以内に終わらせなくてはいけないのに、あれからもう二週間以上が経過していた。期限の半分の期間が終わってしまっている。私は焦った。

 どうしよう。このままじゃ、あっという間に夏休みになってしまう……! 夏休みになったら、学校もないから、星廉と会う機会も激減して、そのぶん天使からの課題をこなすチャンスが減ってしまう。

 でも、そもそもデートはともかく、ハグやキスをこなすには、やはり星廉が私に対して恋愛感情を向けてくれた状態でないとちょっと厳しい。

 どうすれば彼は私のことを意識しだすだろうか……と考えを巡らせ、ふいにひらめいた。

 デートに行くことで、星廉に私を女子として意識させるのはどうだろう?

 デートという恋人っぽい響きのイベントともなれば、さすがの彼も多少は私のことを意識してくれるはず。そこから、恋愛感情を持ってくれることだって充分ありえる。

 善は急げと言うし、あと数日もすれば夏休みだ。デートに誘うんだったらなるべく早いほうがいい。

 教壇では、和泉先生が帰りのHRを始めようとしていた。私は、読みかけの文庫本をリュックにしまう。帰りのHRが終わるまで、私は和泉先生のスローテンポな話を、「早く終われ」ともどかしい気持ちで聞き流していた。

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