にぎやか、家族

「何て綺麗なお嬢さんなんだ!!」

「やあーだ、あんまり可愛いから芸能人かと思っちゃったわぁ!!」

 コンビニから歩いて数分のところにある、高層マンションの八階の角部屋。

 星廉の両親は私を見るなり、ハイになっていた。

 まさか星廉が玄関を開けて十秒足らずで、「アイスは?」と親御さんがリビングから飛び出してくるとは。そして、星廉の親ってこんな星廉と系統が正反対な人たちだったなんて……。想像してた感じと全然ちがった……。

「……せ、星廉のお父さんたち、だいぶ酔ってるみたいだね」

「これで素面なんです……」

「えっ」

 フォローを入れたつもりだったのに。

 可愛い可愛い、と私の容姿を褒めたたえる両親に、星廉は言いにくそうに「あの、きょう祈璃ちゃん泊めてあげたいんだけど……」と言った。

「ええぇー!? 泊めるぅ!?」

「いいけど、どういう関係なの!? 破廉恥な関係!?」

「ただの普通の友達!!」

 飛び上がった両親に、大きい声で(しかもタメ口で)ツッコミを入れる星廉。とんでもなくレアな光景を見た気がして横に立つ星廉を二度見してしまった。

「え~? ただの普通の友達を家に泊めると思うか母さん~?」

「いいえ~。よっぽど仲のいい友達か、恋人じゃないと泊めないと思うわぁ~」

「……祈璃ちゃん、すいません。こんな家で」

 締まりのない表情になった父母に、星廉はずいぶんとソルトな対応。まるで反抗期の男子のそれだ。

 私が、「いきなりお邪魔してすいません」とご両親に頭を下げると、「いやいや、邪魔だなんてとんっでもない! こんな可愛いお嬢さんならいっそ住んでほしいくらいだ。なあ、星廉?」と星廉のお父さんがばしばし星廉の肩を叩いた。それを見た星廉のお母さんも「アッハハハハハ!」と大爆笑していた。

「ねえ、その笑い方やめてって言ってるじゃん。ほら、アイス買ってきたから冷凍庫に入れてきて」

 星廉は露骨に嫌そうな顔で、彼らに袋ごとアイスを手渡した。それを受け取りながら星廉のお父さんは笑顔で言う。

「それにしても、星廉に女の子の友達がいたなんて画期的だな。幼稚園の頃以来じゃないか?」

「やあだ、おおげさね」

「でも、いたじゃないか。ほら、幼稚園のときずっと星廉にひっついてた女の子が。えっと、たしか名前がちょっと珍しくて東雲祈璃ちゃんとかいう子――……」

 そこまで言いかけ、星廉のお父さんはハッとして黙った。

「……もしかして、祈璃ちゃんってあの幼稚園のときの……?」

「……はい。まあ……」

 隠しても仕方がないので、私は観念して頷く。

「ええっ!? うそぉ!? うそでしょ!?」

「なんだそれは!? 運命なのかっ!?」

 あまりに衝撃が大きかったと見た。星廉のご両親は家中に響きそうな大きな声を上げて飛び上がった。近所迷惑だから、とたしなめる星廉の声がげんなりとしている。

「ああ、すまんすまん! いやー、でもそうか、君があのときの……。なつかしいなぁ! 園児の時からもう、他の子とはオーラがちがったもんな!」

「卒園式のときはごめんなさいね! ちょっと強引に引き離すような感じになっちゃって……!」

「いえ、そんな……仕方なかったことですし」

「実はね、あの卒園式の帰りに、星廉ってば車のなかで泣きだして。『もっと遊んであげればよかった……』って言ってたのよ」

 その真実に、私の営業スマイルはあっさり崩れる。離れるのが嫌だったのは、自分だけだと思っていたのでびっくりした。

「え……、そうだったんですか?」

 聞き返すと、「そうなのよ~。もう、なにが『もっと遊んであげればよかった』よ、偉そうにねぇ。『あそんでもらえばよかった』の間違いよねぇ」と笑っている。

 星廉はさっきから気まずそうに「頼むからやめて……」と小声で何度も呟いていた。今の彼からすれば、幼稚園のときの自分は黒歴史なのだろう。

「親として感謝してるのよ。あのときは星廉のこと気にかけてくれてありがとうね。この異端児に寄り添ってくれる子がいるんだ~って思うとうれしかったわ。この子ってば昔から一人で勉強ばっかりしてて……」

「そうだ、玄関で立ち話もなんだから上がっていってくれ。星廉の昔話いっぱい聞かせてあげよう」

「い、祈璃ちゃん、一旦ちょっと外に行きましょう……!」

 星廉が突然、そんなことを打診してきた。これ以上は私に聞かせたくない話があるのだろうか。私の知らない時代の星廉に興味があったけど、星廉がかつてないほど必死なので話をくわしく聴くのは諦めようと思った。

「19時にはハヤシライスできるから、それまでには帰ってくるのよ!」

「間違っても祈璃ちゃんを襲ったりするんじゃないぞ、星廉!」

 ちょっと外に出てくる、という星廉と私に、星廉の両親はそう言って送り出してくれた。

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