きびしい、作戦

【大人っぽい彼が気になる……。どうやったら振り向いてもらえる? オトす方法など。

 精神年齢が高めな彼は、自分と同じような落ち着いた女性が好きな可能性大! 大人な女性を演出してドキドキさせちゃおう! でも、焦りは禁物! 大人っぽい彼は恋愛にも慎重なことが多いよ! ゆっくり距離を縮めていってね!】


「……」

 帰りのバス停。私は、スマホに表示させたウェブサイトを無言で閉じた。

 帰りのHRの時間、莉乃ちゃんはずっと下を向いていて、教壇に立つ和泉先生を見ようとしなかった。怒っているのか、ふてくされているのか。和泉先生が何かを話したそうにしていたけど、彼が莉乃ちゃんに声をかけることはなかった。昼休みにあれだけ激しく拒絶されたのだから、彼なりに気を遣っているつもりなのかもしれない。

 そんなわけで莉乃ちゃんは恋愛で問題を抱えた状態だし、異性を振り向かせるコツ的なものは訊けない状況だ。でも、天使の課題を完遂するためには、星廉が「キスしてもいい」と思えるくらい、私のことを好きになってもらわなければいけない。莉乃ちゃんに訊けないんだったら自分で調べるしかない……と一心発起して「大人っぽい 高校生 男子 攻略方法」と検索してはみたけど、私の検索の仕方が悪いのか、内容の薄いサイトしかヒットせず、フワッとした情報しか得ることが出来ない。もっと具体的な解決策が欲しいんだけど……。

「だいたい、大人な女性を演出って……どうやればいいの……」

 先ほどサイトで見た文章を一人で呟いてしまう。背は女子の平均をゆるやかに下回ってるし、顔は整ってるけどどちらかといえば「可愛い」と言われる系統の顔。私に大人っぽいクールな感じは出せそうにない。ついでに言えば、胸だって平坦気味だし。

 どうやったら星廉をオトせるんだろう……。いっそほかの女子にそれとなくコツを尋ねてみようか……。

 でも、普通の女子に「ねえねえ、男の子をぞっこんにさせる方法なにか知らない~?」なんて訊こうものなら、「え? 東雲さんのほうがモテるくせに何言ってんの……? しかもちゃんとしゃべったことないのに最初の会話がそれって……嫌味なの?」とか反感を買ってしまいそう。それは至極めんどうだから、やっぱり自力で何とかしたほうがいい。

 思い直して、一度閉じたさっきのサイトをもう一度開いてみる。【ゆっくり距離を縮めよう!】と締めくくられた最後の文が目に留まる。

「ゆっくり……って言われてもなあ」

 眉間にシワを寄せてしまう。

 星廉みたいな系統の男子が「大人っぽい女子」が好きそうなのはまあ同感。でもあまりゆっくりと距離を縮めている場合でもないのだ。天使の課題は、一か月以内に、と期限まで設けられている。

 大人女子を演出できないのなら、素の自分で少しずつ仲良くなるしかない気がする。

 でも、ただ毎日手をつなぐだけで意識してもらえるほど星廉がイージーモードな男かと言ったら、そんなわけもない。手つなぎ以外に何かしらのアピールをしないと。

 大人な女性ってどんな感じ?

 汗ばんだ指で、「大人っぽい 女子 特徴」と検索窓に打ち込んだ。

 一番上に表示されたサイトを見てみると、「口数が少ない」、「髪色が暗い」、「失敗しても動じない」、「あまり笑わない」、「知的」など色々な条件が出てきた。

「あ、祈璃ちゃん」

 大人っぽさって何だろう……と端末を手に、しきりに首をひねっていると星廉がやって来た。我に返り、スマホをスカートのポケットに入れる。

「夕方でもまだ暑いですねー」

「……まあね」

 星廉が隣に並んできて話し始めたが、私は反対側の手で髪を耳にかけてそっけなく返してみた。大人女子は口数が少ないと書いてあったし。

「女子はスカートだから夏でも涼しそうでいいですね」

「……そう」

「……えっと、祈璃ちゃんは最近読んだ本で面白かったやつとかありますか?」

「……べつに」

「……そ、そうですか…………」

 星廉が押し黙り、会話が途切れる。ジワジワと蝉の鳴く声だけが辺りに響く。

 ……待って? これじゃ私、大人っぽいっていうより、ただの感じ悪い人じゃない?

 そう気づいて、星廉の表情を窺い見ると、案の定、彼は不安げに顔をくもらせていた。失敗した……。

「…………あの、ぼく、何か怒らせるようなことしちゃいましたかね……?」

「ちがうちがう、そうじゃない。ごめん」

「もし、ぼくが何か気に障ることをしたんなら謝ります……あと、お菓子あげるので、ゆるしてください……」

「そうじゃないって、ごめん。怯えないで。コアラのアーチはしまって。いつもの私に戻るから。ほら」

 私はニッコリと笑顔を浮かべてそう言った。それでも彼はまだ不安げな顔をしている。

 ……やばい。全然意識してもらえてないし、それどころか怯えさせてるし、これじゃ距離が縮まるどころか離れてしまう……!

 焦っていると、そのうちバスがやってきた。困り顔のままの星廉の背を軽く押し、「あ、バスきたよ。乗らなきゃ」と明るい声を出す。

「ほんとに怒ってないですか……??」

「ないない! 平気。ほら乗ろう」

 バスの扉が目の前で開く。星廉の腕を引っ張って乗車した。

 このままじゃ、星廉をキスに応じさせるくらい好きにさせるとか無理じゃない……? という弱気な感情が、心の一角を占め始めていた。

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