2ー2 編集会議(1)

 もうすぐ夜七時になるので、ノートパソコンでリモート会議のアプリを立ち上げる。毎週木曜日にやっている「月夜ノ波音」編集会議の時刻だ。接続すると、健二はすでに会議室で待っていて、ほどなく美優も入ってくる。

「健二も美優も揃ったね。じゃ、まず健二から報告よろしく」

 再開したサークル「月夜ノ波音」は、この編集会議に出ている三人が実質的な幹部で、ここで検討した案を、メンバー全員が参加するSNSのクローズドなグループに提案し、承認が得られれば進めていくというスタイルが確立していた。


「えっと、申し込んでいた文学メルカート東京から、出店決定の連絡が来た。出店料金の振込は、俺が建て替えて済ませたから、頭割りした金額をみんなに知らせて、銀行振込かペイペイに送金してもらいたいな」

「結局、抽選はあったの?」

 美優が質問する。

「いや。申し込んだサークルは全部参加できるようになったみたいだ。会場も二箇所確保したと書いてあるから、すごい規模になりそうだな」

 申し込みをした文学メルカート東京のWebサイトには、会場のキャパを超える申し込みがあった場合は、抽選で出店サークルを決定すると書かれていた。もしかすると出店できないのではという心配があったが、決定したとなればまずは一安心。

「出店サークルの紹介を載せた、カタログサイトができるそうだ。売り物の表紙イメージも貼り付けられるから、ヱビフル氏のデザインができたらアップしとく。次に原稿の集まり具合だけど、まだ、さとひなさんの一本しか来てない」

 アンソロジーに載せる原稿は、ファイル共有サイトを用意して、そこに各メンバーからアップしてもらうようにしていた。一人一作品で、文字数は一万字程度。多くても二万字以下というルールにした。

 印刷会社に渡すには、ページ番号を振ったり、目次を付けたりといった編集をした後で、PDFフォーマットに変換しないといけないが、とりあえずメンバーにはテキストデータだけをアップするようにお願いしている。今、見てみると、さとひなさんの名前がついた原稿ファイルが一本だけアップされていた。

「まあ、まだ早いしな」

「印刷会社の早割締切は、まだ先だけど、宏樹は、ちゃんと書き始めてるか?」

 健二に釘をさされる。

「一応、構想だけはね」

「頼むぜ。琥珀先生」

 笑っているが、健二が本当に心配しているのはよくわかる。小説を書くのは、本当に久しぶりだから、なかなか書き始めるところまで辿り着かなかった。昔から、あらすじと登場人物の背景や性格をきちんと整理しておかないと書けないので、準備に時間がかかる方だった。一万字程度の短編とは言え、あと二ヶ月で完結まで書き上げられるのか自分でも自信はない。


「印刷会社に出すファイルの編集のやり方は、大丈夫そう?」

 美優が質問する。

「PDFにするのはわけないだろ」

 印刷会社に渡すファイルについては、やったことがないので、正直よくわからない。美優は不安に思っているようだが、健二は楽天的だった。

「書籍のスタイルにするんだったら、ページ番号の振り方とか、扉の配置とか、いろいろ編集のルールがあるけど、大丈夫?」

「ルールって、ページ番号なんて下に書いてあればいいんじゃないのか? 普通にワープロで縦書きにしておけばいいんだろ」

「あのね、ページ番号は左右の端にふった方が綺麗でしょ。あと作品タイトルの扉は左の奇数ページにするとか、空白ページにはページ番号振らないとか、余白は閉じしろの方を少し多めにしておくとか、いろいろあるけど?」

「なんだそれ。めっちゃめんどくさいな」

 美優が言っているのは、出版社から出た単行本や文庫本であれば、当然やられている編集ルールだ。でも、同人誌でそこまでこだわって作る必要はあるのか?

「もう、仕方ないな。ワープロファイルの編集は私がやるから」

「頼む。俺には、そんな面倒なのは無理だ」

「大変だったら、そこまでこだわらなくてもいいんじゃないか?」

 僕の一言に、美優は少しムッとしたようだった。

「何言ってるの。文学メルカートに出すんでしょ? プロの出版物だって並んでいるんだから、ちゃんとした本にしないとカッコ悪いじゃない。そっちは私がやるから大丈夫。それより宏樹は、自分の原稿書き上げる方で頑張って」

「はい。済みません」

 サークル代表も、かたなしだ。


 アンソロジー制作準備の話に続いて、当日の出店ブースに必要なグッズについて話しているうちに、いつの間にか夜十時近くになっていた。コミック系イベントの出店ノウハウを調べてしゃべり続けていた健二は、ふと真顔になってつぶやいた。

「腹へったなあ。もうこんな時間か」

「夕飯食べてないの?」

「食ってない」

 美優はあきれたように首をすくめた。

「よくそれでしゃべり続けられるね。何か食べれば? 部屋になんかあるでしょ」

「カップラーメンならあるかも。ちょっと見てくる」

 健二は立ち上がって、画面から消えた。

「宏樹も、夕飯まだだったりする?」

「僕も、食べてない」

「この不精男子どもは。リモートじゃなかったら、パスタでも作ってあげるのに」

 美優の手作りパスタか。どんなのを作るんだろう。

 無性に食べてみたかった。

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