4−3 打ち上げの打ち上げ(1)

 全ての料理を片付け、追加で注文したジェラートやティラミスを食べていると、いつの間にか九時になっていた。

「あの、自分はそろそろ最終なんで、先に上がります。みなさんは、まだゆっくりしていって下さい」

 杜都が、申し訳なさそうに言い始めた。

「今日、仙台に帰るのか?」

「はい。九時半の新幹線に乗れば、十一時過ぎには帰れるので。えっと、代金はどうしましょうか? とりあえず一万円置いて行きますか」

 健二が、慌てて伝票を取り金額をチェックする。

「ちょっと待て。一人、税込五千円だな。お釣りがちょっと出るけど、そこはウーロン茶しか飲んでなくて、割り勘負けしているヱビフルにやろう」

「いいよ、そんな端金はしたがね

 ヱビフルは、相変わらず憮然とした顔で答えた。

「とりあえず、杜都さんは五千円だけ置いて、急いで駅に行ってくれ」

「ありがとう。それじゃまた」

 杜都は、健二に五千円札を渡すと、急足で店を出ていった。他のメンバーからも、五千円ずつ健二の手元にお札を集め、伝票と一緒に店員に渡す。


「それじゃあ、最後の締めとしますか」

 健二が、また僕の顔を見てきたので、思い切って提案する。

「最初の乾杯は僕がやったからさ、最後の締めは健二がやってくれないか」

「はあ? 最後の締めはリーダーのお前だろ」

「いや。四年前に休止してしまった『月夜ノ波音』を、またやろうってみんなに声をかけて復活させて、創作をやめてしまっていた僕が、また書けるようになったのは、健二のおかげだ。最後は、健二に締めてほしい」

 ぐるりとみんなの顔を見渡すと、全員がうなずいている。その様子を見て、健二も腹を括ったようだった。

「わかったよ。じゃ、声かけの発起人ということで、締めるか」

 こほん、と咳払いをして、健二は立ち上がった。

「えー、本日はお日柄も良く、お揃いの皆様には心よりお祝いを申し上げます」

「結婚式じゃねえよ。何、くだらないギャグ言ってんだよ」

 龍兎翔のツッコミに、みんなクスッと笑う。

「ありがとう、ありがとう。このまま滑りっぱなしだったらどうしようと、ヒヤヒヤしてたけど、やっぱり龍だけはわかってくれる」

 また少し笑ったみんなの様子を見てから、真面目な顔に戻って続けた。


「四年前、琥珀先生が、集まろうぜって声をかけてくれた時は、本当に嬉しかったんだよな。みんな高校生チャレンジコンテストに応募しているから、高校生なんだろうとは思っていたけど、どんな奴なんだろう、とか、本当に実在してるのか、とか、色々疑問だったから」

 一瞬、下を向いたが、また顔を上げてみんなの方をぐるりと見渡す。

「今日、ずっと目標にしてきたことが、ようやく実現できたのは、琥珀先生とみんなのおかげだ。どうもありがとう。次は、もう一つの目標を実現するために頑張ろうと思う」

 言葉を切って、美優の方をチラリと見た。目標というのは、彼女に告白することだろう。みんなの前で堂々と言い出すとは、すごい度胸だが、まさか、この場で公開告白するつもりか? また胸が苦しくなってきた。

「なんだ? 次の目標って」

 ヱビフルが問いかけると、健二は僕の方をちらりと見てから答えた。

「今はまだ言えない。もし実現できたら報告するから」


 気分を変えるように、健二は明るい口調になって続けた。

「それと、次のアンソロジーのことだけど、半年くらいを目標に作るのはどうだろう。次の文学メルカート東京は五月って書いてあったし」

 ヱビフルや、さとひなさんはうなずいているが、半分くらいのメンバーは、微妙な表情をしていた。継続して書き続けられるか自信がないということだろう。

「ま、とりあえず、次は五月を目標に活動することにして、テーマはまたみんなで考えて決めようか」

 あまり反応が良く無かったので、健二は問題を先送りにして、クロージングに入った。

「それでは、今日はお疲れ様でした。来年もよろしく!」

 口々に、お疲れ様と言いながら、みんな立ち上がった。


 店の前に出ると、冷たい風が吹きつけてきた。夜になるとめっきり冷え込んでくる。僕は、健二に渡されたお釣りの五百円玉を握って、ヱビフルに近づく。

「ヱビフルとじゅんじゅんは、この後どうする?」

「六本木の方で、イルミネーションをやっていると聞いたから、見に行こうと思う。東京に来る機会も、なかなか無いからな」

「そうか。それじゃゆっくり東京の夜を楽しんできてくれ。じゅんじゅんさん。外は寒いから、これで温かいドリンクでも買って飲んで」

 五百円では足りないかもしれないが、渡すにはいい口実だから。

「え、でも……」

「お釣りだから、誰かが受け取らなきゃいけないし。それに、印刷所の締切日に、夜遅くヱビフルに連絡取ってもらったお礼に」

 じゅんじゅんは、それを聞いて黙って受け取った。

「まったく。いいって言っただろ」

「まあ、二人分には足りないから、一杯を分け合って飲んでくれ」

「ありがとう」


 店の前では、健二が美優の横に並んで立っているのが見えた。他のメンバーも、なんとなく次にどうするのか決めかねて集まっている感じだった。健二は、おそらく美優と二人きりになって告白するチャンスを作るつもりだろう。

「じゃあ、帰る人もいるだろうし、ここで解散にしようか。お疲れ様でした!」

「お疲れー」

 健二が大きな声で宣言すると、みんなバラバラと歩き始めた。

 健二と美優が二人きりになることを想像すると、また胸が苦しくなってきたが、邪魔をして割り込んでいく勇気もない。健二が、目標にすると言ったからには、何がなんでもやり遂げようとするだろう。

 そのまま、美優たちとは目を合わせないようにして、まっすぐ浜松町の駅に向かって歩き始める。他のメンバーは、地下鉄の駅に向かうのか、二次会に行くのか、同じ方向に向かう者は誰もいなかった。


 浜松町駅の改札口まで来たところで、スマホの着信音が鳴り始めた。美優からだ。

「宏樹! どこにいるの?」

 健二の奴、せっかくチャンスを作ってやったのに、何やってんだ?

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