4−2 二人の選択(2)
「え……」
美優も困り顔になって、僕と健二の顔を見比べている。
「どちらか一人って言われたら……」
美優と目が合った。
彼女が口を開こうとしたところで、それまで黙って聞いていたヱビフルが、ドスの効いた声で割り込んできた。
「おい、龍。いい加減にしろ。そんなこと聞くもんじゃない」
「ええ? 気になるだろ」
「本当に酒癖悪いな。そんなんだから、お前はモテないんだよ」
じゅんじゅんとさとひなさんが、ぷっと吹き出して笑い始める。女子二人に笑われて、さすがに龍兎翔も恥ずかしそうに首をすくめた。
「あーあ! 『青春やりなおし!』なんてテーマにしたけどさ、みんな、なんだかんだ言って、まだ青春してるんじゃん」
龍兎翔は、空になったジョッキを持ち上げて、近くにいた店員に「おかわり」と呼びかけてから、正面に座っている二人に同情を求めるように語りかけた。
「この中で、あと独り者なのは、杜都と佐川純さんと、俺だけ?」
「あ、ごめんなさい。私、付き合っている人がいるので」
佐川さんが申し訳なさそうに言うと、龍兎翔は、がっくりとうなだれた。
「まじかよ! もう絶望しかないな」
「龍! その絶望感を、次の創作にぶつけるんだ」
ヱビフルの、励ましにもならない励ましに頭を抱えた龍兎翔の様子を見て、みんな大笑いになった。
さっき美優は、「どっちかって言われたら……」の後に、なんて答えようとしていたのだろう? ヱビフルがさえぎってくれたおかげで、この場はおさまったけれど、もしあのまま、健二か僕の名前を答えていたら。
僕はあの時、美優は僕を選ぶような気がした。根拠は無いが、彼女はそうするように思えた。僕の方が魅力的とか、顔が良いとか、そんな自信はこれっぽっちもない。ただ、そうとしか思えなかった。
もし僕を選んでいたら、健二はどう反応しただろう。怒るか、泣くか。いや、明るく笑っていたかもしれない。あいつはそういう奴だ。みんなのいる前では、三枚目になって場を白けさせないだろう。
もし健二を選んでいたら? そう考えた途端、胸が苦しくなってきた。今までの友達という関係は、もう続けられないだろう。健二の恋人になった美優と、どう向き合えばいいのか想像もできない。「月夜ノ波音」を再開してからの三ヶ月、美優と過ごしてきた時間は、本当に濃くてキラキラしていた。
さっき佐川純さんが僕の作品を褒めてくれた時に、小さく親指を立てて一緒に喜んでくれた美優。
文学メルカートの会場で、至美華のブースに引っ張って行って、いつまでも逃げたままになっているのは良くない、そんな宏樹でいてほしくないと言ってくれた美優。
印刷の締切間際で、僕の修正した原稿を読んで、原稿は元のままにする。絶対に元の方が、心に訴える力があるし読者の感情を揺さぶるからと言ってくれた美優。
四年ぶりにリモート会議で再会した時に、あれから四年間なにをしてたのか、どうしてLineグループから抜けたのか、自分のことが重荷だったのかと、泣きながら問い詰めてきた美優。
思い出すと、どんどん切なくなってくる。いつの間に、こんなに美優のことが好きになっていたんだろう。
いや、四年前、初めて会った時から、僕はずっと彼女が好きだった。
ヨミカキを脱会して逃げ出した時に封じ込めていた想いが、あふれ出してきて止まらなくなってしまった。放空歌のことを笑えない。
トイレに行くふりをして立ち上がり、店の奥に移動した。調理場の横に、手洗い場と男性用と女性用のドアが並んでいる。手洗い場のミラーで自分の顔を見ると、情けなくて、とてもみんなに見せられる状態ではなかった。涙をこぼさなかっただけでも、我ながら大したものだ。
男性用に入り、落ち着くまで待ってから出てくると、手洗い場のミラーの前に健二が立っていた。
「なあ、宏樹」
「なんだ?」
「今日、俺はあいつに告白するって言ったよな」
「ああ」
健二は、手洗い場のミラーの方を向いて、僕とは目を合わさないまま話しつづける。
「本当にいいのか?」
「どういう意味だ?」
「……いや、なんでも無い」
健二は、僕の横をすり抜けてトイレのドアに手をかけた。
「俺は、美優の本心がわからないと言ったけど、お前はわかっているんじゃないか」
そのまま、トイレの中に入ってしまった。
健二が何を言いたかったのかわからない。でも、健二が美優に告白する時、側にいて冷静に聞いているなんて、とても我慢できそうにない。
この会が終わったら、さっさと帰ることにしよう。
自分たちのテーブルに近づくと、美優が、今日買ってきた本を一冊ずつリュックから出して、みんなに見せていた。
「これは、 BLのコーナーで買ってきたやつ。表紙のポスターがすごくかっこ良くてジャケ買いしちゃった」
「ほんと。かっこいいイラストだね。こっちが攻めかな」
じゅんじゅんも食いついている。この二人が、BLなんか読んでいるのは意外だった。
「まだ中は読んでないから、わからないけど、背も高いし、後ろから抱え込んでるし、きっとそうだよね」
「お前ら、こんなのどこが面白いんだ?」
美優とじゅんじゅんに挟まれて、目の前で、イケメン男子が絡み合った表紙を見せられている龍兎翔が、不機嫌そうな声で言った。
「かっこいい男が、可愛い男子をもてあそんだり、イチャイチャしたりするのって萌えるじゃない」
「いや、ぜんぜんわからねえ」
「じゃあ、かわいい女の子同士が、イチャイチャしている作品はどう思う? アニメでもよくあるでしょ」
「それは、かわいいんだから良いだろ」
美優は胸を張って、勝ち誇ったように言う。
「同じことだよ。男子が、かわいい女の子を愛でるのと、女子がイケメン男子同士の関係を楽しむのと、変わりないじゃない」
僕が席に着くと、美優はあわててBL本をリュックにしまい、次の本を取り出した。
「え、えっと、次はね、詩歌のコーナーにあった詩集なんだけど、プロの詩人が大手の出版社から出してる本だったんだよね」
美優は、ちらっと僕の方を見たが、酔っているせいか、ずいぶん赤い顔をしていた。
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