4−2 二人の選択(1)


 ようやく登場したが、さとひなさんと放空歌の表情からは、どんな結論になったのかは読み取れない。

「おう。何やってたんだよ。待ったぞ」

 健二が、メニューを隣の美優に手渡した。そのまま、横に手渡されて流れていったメニューを受け取りながら、放空歌が答える。

「すまん。いろいろ話していたら、遅くなってしまった」

「まずドリンクの注文な。あと、適当に料理頼んで食べてるけど、食べたいものがあれば追加してくれ」

 みんな、二人が復縁したのか気になっているが、聞くに聞けない雰囲気だった。二人がドリンクをオーダーした後、なんとなく気まずい沈黙が訪れる。その空気を察して、さとひなさんが目配せすると、放空歌は姿勢を正して話し始めた。


「あの、みんなに聞いてもらいたいことがある。俺と、陽奈ひなは、良きライバルで、友人としての関係を続けていくことにした」

 つまり、恋人には戻れなかったってことか。その結果を抱えて、二人でここにやって来た放空歌の心中を思うと、僕はいたたまれなくなってきた。

「今まで俺は、いろいろ意識して、チームの打ち合わせにも顔を出さなかったりしたけれど、これからは出るようにするから」

「そうか。よろしく頼むぜ」

 健二が渋い表情で励ます。同情せざるを得ない。


「でも、これからもっと努力して進化していくので、時が来たら陽奈にプロポーズすることにした」

「ええっ?!」

 予想外の展開に、全員が声を上げる。

「その時に、俺が陽奈にふさわしい男になっていたら、受け入れてもらえる。そういう約束をした」

 さとひなさんは、少し顔を赤らめながらうなずいた。

「こ、これは、めでたい話、なのか?」

 健二が恐る恐る質問する。

「めでたいかどうかは、わからない。でも『人は、変化して成長していくところが魅力なんだ』という、その言葉を信じているから」

 僕の方を見られても、そんな、人の人生を決めるようなことを言ったつもりじゃないんだけど。


 二人のドリンクが来たので、健二は自分のジョッキを持った。

「じゃあ、めでたいってことで、また乾杯だな。琥珀先生、よろしく頼むぜ」

「ああ、わかった」

 僕はジョッキを持ち上げて、さとひなさんと放空歌を見た。

「どんな話をして、その結論にたどり着いたのかわからないけど、二人でじっくり話し合ったこと自体が、重要だったんだろうなと思う」

 二人とも、うなずいている。

「時が来てプロポーズした時に、二人が幸せになることを祈って、乾杯」

「乾杯!」

 テーブルの端に座っている二人に向かって乾杯していると、まるで結婚式の披露宴のようだった。まだ「プロポーズをする約束をした」という、よくわからない関係なのだが。


 報告が終わってようやくリラックスした、さとひなさんと放空歌を見ながら、真っ赤な顔をした龍兎翔がつぶやいた。

「なんかさ、じゅんじゅんとヱビフルは付き合ってるんだろ。さとひなと放空歌は、将来プロポーズする約束したって、これなんていうのかわかんないけど、まあいい関係なんだろ」

 龍兎翔は、二本ずつ指を折って数えていく。

「あと、三村優さんは、琥珀先生かrota+ロタプラスのどっちかだろ」


 息が止まった。いきなり、なんてことを言い出すんだ。突然、僕に話が飛んできたので、心臓がドクドクと激しく打っている。

 健二が告白しようとしていることも、僕が美優と一度だけ三鷹でデートしたことも、誰にも話したことが無いのに。龍兎翔は、何を根拠に、そんなことを言い出したんだ? 


「いや、僕は、美優とは別にそういう関係じゃないし、健二も違うと思うけど……」

 言い訳がましくそう言うと、龍兎翔は憮然とした顔になった。

「いやいやいや。見てればわかるって。どっちかと言うと、琥珀先生が有利っぽい感じはするけど」

「なんだよ、それ」

 健二が気色ばんだ。今日、美優に告白するつもりのこいつにとっては、僕が有利なんて発言は聞き捨てならないだろう。

 それまで黙って聞いていた美優が、仔羊肉をナイフで器用に骨から外しながら、口を挟んだ。

「二人とは仲良いけど、別に付き合ってなんかいないよ?」

 龍兎翔は、美優本人から否定されても、まだ食い下がってくる。

「でも、さっきもなんか目で合図してたし。昼間、店番交代した琥珀先生と二人で他のブース見に行った時も、腕を組んだりして、ずいぶん仲良さそうに見えたぞ」

 目で合図というのは、佐川純さんに褒められた時か。昼間は、至美華のブースに行った時、美優に腕を取られて歩いていたから、恋人どうし腕を組んでいるように見えてもおかしくない。人混みに紛れていたつもりだが、しっかり目撃されていたらしい。

 健二は、ますます不機嫌になってきた。

「なんだよ、それ。俺がいなかった時か?」

「別に、そんなんじゃないから。宏樹がふらふらしてたから、押さえてただけ」

「そうなのか?」

「え、ああ。そうだよ」

 美優に話を合わせて返事をすると、健二は一応は納得したようだった。リモート編集会議の時に、僕が過呼吸で倒れそうになったのを見ていたから、その発作を起こしたのだと思ったのだろう。

 本当は少し違うけれど、納得してくれているなら、そのままにしておいた方がいいよな。


 しかし龍兎翔は、ジョッキのビールをぐいっと飲み干してから、隣の美優に向かって、しつこく迫ってきた。

「じゃあ、聞くけどさ。今はまだ付き合ってないとして、もしどちらか一人を選べって言われたら、どっちにする?」



 

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