4−1 意外な感想(2)
最初の料理が運ばれて来ると、テーブルの真ん中に座っている龍兎翔が、健二に声をかけてきた。
「今日の売上記録ノート、見せてもらっていいか?」
「ああ。いいぞ」
健二は、床に置いたトートバッグからノートを出して、龍兎翔に渡す。
「ほら、これ見ると、買ってくれた人、ほとんど誰かのフォロワーじゃないか?」
龍兎翔はノートをテーブルの上に置いて、書かれた名前を順番に指さしている。近くに座っている美優、じゅんじゅん、杜都が頭を寄せてのぞきこむ。
売上ノートは、店番にいない時に知り合いが来たらわかるように、相手が名乗ってくれたら、時刻と名前を売上金の横に書くことにしてあった。後でお礼のメッセージを送れるようにするためだ。
「だいたいみんな買う時に、ヱビフルさんいますか、とか、さとひなさんをフォローしているなんとかですって、名乗ってたもんな」
「そりゃ、何にも関わりない人がいきなり来て買うなんて、ないだろうし」
杜都が言うと、みんなうなずいている。
「そういえば、よしのんも来てたぞ」
「えっ、本当!?」
龍兎翔の言葉に、じゅんじゅんが大声をあげる。まるでアイドルが来ていたと言われたような驚き方だった。
「ああ。名乗らなかったけど、間違いない。カタログで出店してるのは知ってたから、店番に入る前にブース行って顔だけ見て来たから」
「よしのんって、誰だ?」
隣のヱビフルに聞いてみた。誰か有名人なのか?
「ああ、最近、ヨミカキの恋愛ジャンルで、ずっとトップランキングにいる人。水晶つばさっていう人とコラボ小説を連載してる」
「コラボ小説って何?」
「一つの小説を、女子主人公目線のストーリーをよしのんが、男子主人公目線のストーリーを水晶つばさが担当して、交互に書いてつなげていくって書き方している。ちょっと珍しい書き方で評判だな」
そんなことをしているのがいるんだ。それぞれが違う視点で書くなんて、ストーリーが破綻しないのか?
「それでよく、一貫性のある小説が書けるね」
「時々、連載が止まったりすることもあるから、結構、調整は大変なんじゃないかな」
例えば、美優と一つの小説を交互に書くなんて、ありうるだろうか? 作風が違い過ぎて無理だろう。あの深い内省の後に、僕の描写をつなげても違和感しかない。
もし至美華だったら、どうだろう? それなら、もしかしたら成り立つかもしれない。
「買ってくれるのはフォロワー頼りだとしても、アンソロジーとしては、結構面白いものになったと思うけどな」
「
健二のつぶやきに、杜都が質問する。
「ああ。印刷用の原稿ができた時にダウンロードして、全部読んだよ」
いつの間にそんなことを。僕は、他のメンバーの作品は読んでいない。自分の作品を初稿から変えなかったことで、至美華がどう評価するかで今日まで頭が一杯で、他のメンバーの作品を読む心の余裕など、まったく無かった。
「私も、今日店番の後で、全部読んだよ」
「俺も、ダウンロードして読んだ」
じゅんじゅんもヱビフルも読んだのか。他のメンバーもうなずいているから、全部ではないかもしれないが、ちゃんと読んでいるようだった。
「テーマとして『青春やりなおし!』を設定したけど、中身は各自の自由にしたから、好みがはっきり出たよね」
「そうだな。龍は相変わらずドラゴンと魔法のファンタジーだし、
「そうそう。私もそう思った。すごく内面の感情の掘り下げが深くなったし」
美優とヱビフルが、座談会のようにアンソロジーの感想を語り始めると、みんな目を輝かせて参加してくる。
「やっぱり、さとひなに振られたのがショックで変わったのかな?」
「うむ。谷崎潤一郎とか芥川龍之介とか、女と別れたり不倫したりするたびに、作風が変わっていくのは昔からいたからな。結果として破滅につながるかもしれないけれど、創作のミューズというのはやはり必要なんだと思う」
「ヱビフルさんのそういう言い方、なんか嫌だな」
酒を飲めるようになったり、彼氏・彼女として付き合ったり、変化した部分もあるけれど、文学や創作の話に熱中する様子は、四年前と少しも変わらなかった。
「変わったと言えば、琥珀先生の作風も随分変わったなと思いました」
突然、テーブルの反対側の端に座っている佐川純さんが、僕を見ながら話しかけてきた。
「えっ? 僕? 僕の作風?」
佐川純さんは、大きくうなずいているが、僕はうろたえるばかり。至美華に批判されることは気にしていて、結局書き換えなかったけれど、サークルメンバーから何か言われるとは思っていなかった。
「あの、高校生の頃は、構成とか文章とか、ものすごく計算しつくされた上手な作品を書かれるなと思っていたんですけど、今回の『今をやりなおすなら』は、すごく熱いというか、文章が濃いというか……。主人公のモノローグやセリフの熱量がすごくて、読んでいて思わず涙が出てきてしまったんです」
「そ、そうなんだ」
「あれだけきっちり計算して書ける人が、さらにこんな熱量の文章を書かれるなんて、本当にすごいなと思いました」
「あ、ありがとう」
美優と目が合うと、にやっと笑って小さく親指を立てている。あれは「ほら私の言った通りでしょう」と言っているな。締切直前に、推敲を重ねた原稿に差し替えようとした時、絶対に元の方が心に訴える力があるし読者の感情を揺さぶるから、と言われて元のままにしたが、それは当たりだったようだ。
「みんなすごいよな。俺は、相変わらずとか言われちゃったしな」
龍兎翔が、ぐいっとジョッキのビールをあおった横に、さとひなさんと放空歌が現れた。
「遅くなって済みませんでした」
二人は、空いているテーブルの端に並んで座った。
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