四章 祭の後始末
4−1 意外な感想(1)
美優を追いかけながら会場を出て、東京交易センタービルの出口前広場まで行くと、先に行ったメンバーが輪になって待っていてくれた。近づくと、健二が困り顔で話しかけてくる。
「放空歌と、さとひなの二人とも戻ってこないんだけど、打ち上げの人数どうする? 一人増えるのか、逆に二人とも来なくて減るのか、店に連絡しないと」
「店は、コースで予約してるのか?」
「いや。人数で席を取っただけだから融通はきくと思うけど。電話してみるか。全く世話の焼ける奴らだな」
すぐに戻って来なかったということは、放空歌の「もう一度付き合いたい」という申し入れは、即断で断られたのではないだろう。もし、ずっと話し続けているのなら、電話で邪魔をするのも悪い。
「いや。電話はやめとけよ。先に行くぞとメッセージ送っておけばいいんじゃないか」
「そうか?」
「店名と住所は連絡してあるし、あの二人なら都内の大学に通っているんだから、後からでも辿り着けるだろ。もし来なくなっても、どうせもう当日だし、店に着いたところで訂正すればいいんじゃないか」
健二は不満そうだった。
「宏樹がそう言うなら、しょうがないな」
「邪魔しないでおいてやろうぜ」
いきなり後ろから、背中をど突かれた。振り返るとヱビフルがムッとした顔をしている。
「あいつらには、随分、気を使うじゃないか」
印刷会社の締切前日に、デート中だっただろうヱビフルを呼び出すために、じゅんじゅんに電話をかけたのは僕だ。きっと、それを根に持っている。
「あの時は、悪かったと思ってる。緊急事態だったんだよ。許せ」
「俺はともかく、彼女を脅したのは許さねえ」
「わかった。彼女になんかおごるから。何がいい?」
「余計なことはするな。ただ言いたかっただけだ」
ふいっと側を離れ、じゅんじゅんさんの方に歩いていった。やれやれ。リーダーっていうのは、つらいもんだな。
ビル前広場から交差点を渡ると、すぐ目の前が東京交易センター駅だが、一斉に移動してきた出店者で改札前はごった返していた。ひとかたまりになって歩いてきた中から、仙台から来た杜都と京都から来たヱビフルの二人が、まっすぐ切符の販売機に向かう。交通系ICカードを持っていないのだろう。
先に改札を通った僕は、エスカレーターの横で健二の隣に並んだ。
「待っててくれてありがとう。先に行ったかと思った」
「ばーか。お前一人だったら置いてったよ。美優が来ないから、待ってたのに決まってるだろ」
それはそうか。こいつは、これから告白するって大事なミッションがあるんだもんな。切符を買っていた二人も合流し、ホームに上がるエスカレーターに乗った。
浜松町駅で降り、健二が予約したビストロに向かって歩いている途中で、さとひなさんからSNSグループにメッセージが来た。「遅れたけど、二人で直接店に行きます」とだけ書かれたメッセージを見て、健二は安心したようだった。
店に入り、人数が増えたことを伝えたが、元々十人は座れる長いテーブルが確保されていたようだった。
テーブルの端に座った僕の正面に健二、その隣に美優。僕の隣にはヱビフルが座り、その先に他のメンバーがずらりと並んでいると、初めてファミレスで集まった時のことを思い出す。あの時はドリンクバーを頼んでいた高校生が、今日は「中ジョッキ六つとカシスオレンジ一つ、烏龍茶一つ」などとオーダーしているのが、なんとなくおかしかった。
「料理のオーダーしていいですか」
「どうぞ」
ドリンクを持ってきた店員に、健二が、メニューを見ながら読み上げていく。
「これから言うのを、全部二皿ずつで。今日のカルパッチョ、野菜のグリルとバーニャカウダ、生ハム盛り合わせ、骨付き仔羊肉のグリル、海鮮のペンネ、シラスのピザ」
「クリームパスタ食べたい!」
美優が手をあげる。
「じゃそれも。デザートは後で」
「かしこまりました」
店員がいなくなると、健二はメニューをテーブルの横に立てて、ジョッキを持った。
「じゃ、今日一日お疲れさまでした。さっきの続きで、琥珀先生に乾杯の発声をお願いしようかな。あ、でも続きだからって、長々と挨拶するなよ」
「わかってるよ」
撤収後の会場で締めの挨拶をした時は、感情が昂っていたから、いろいろと語りたいことがあふれてきてしまった。でも、ここまで移動してきてだいぶ落ち着いたから、長々と語ることはない。
「では、『月夜ノ波音』ファーストアンソロジーの発行と文学メルカート出店成功を祝して、乾杯!」
「乾杯」
健二は、一口飲んだジョッキをテーブルに置き、僕の方に身を乗り出してきて、少し低い声で聞いてきた。
「あいつら、別れたはずなのに、また二人きりでどっか行ってるって、よりを戻したのか?」
「まだわからない。放空歌は、そうしたいと言ってたけど、うまくいったのかどうか」
「そんな話もしたのか」
「ああ。さとひなさんと二人で消える前にそんなこと言ってた」
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