4−3 打ち上げの打ち上げ(2)

「いま、浜松町駅の北口改札の近く」

「何やってるのよ。健二と三人で反省会するから」

 美優は、少し怒っているようだった。そんな話は聞いていない。

「もう帰ろうかと思ってたんだけど」

「ダメよ。そこにいて。すぐ行くから」

 通話が切れた。念のためメッセージを確認してみたが、打ち上げの後で反省会をやるなんて連絡は来ていない。そもそも、健二は告白するつもりだったんだから、そんなことを設定するはずもないし。


 程なく、健二と美優の二人がやって来た。

「まったく、何も言わずに帰ろうとするなんて、ひどくない?」

 美優は、静かに怒っていた。

「いや、もう疲れたから……」

 健二の方を見て、救いを求めたが、首をすくめている。こいつのために、気を利かせて帰ろうとしたのに、なんで僕が怒られるハメになるんだ。

「反省会って、どこでやるんだ?」

「飲み直しよ。四年ぶりに宏樹と健二に会えるの楽しみにしてたんだから。リモートじゃなくて、手触りとか、匂いとか、体温とか、気配とか、いろんなことを感じたいって言ったでしょ」

 確かに、昨日の最後の打ち合わせで、そんなことを言っていた。それにしても妙にテンションが高いが、結構酔っているのか?

「ねえ、近くでいいお店知らない? お腹はいっぱいだから、バーみたいなところでいいんだけど」

「新橋まで行けば、いい店を知ってるぞ。ここからなら、タクシーでもすぐだし」

 健二が提案する。おそらく、告白するために下調べしていた店だろう。僕までついていくハメになってしまって、計算外もいいところだろうに。

「よし。三人で割れば大した金額じゃないし、タクシーで行こう」

 美優は、さっさと歩道の端に出て手を上げて、空車を停めた。


 浜松町駅から新橋駅は一駅だから、健二の知っている店までは、タクシーで移動すればすぐだった。飲屋街の一角にあるビルの二階に上がると、照明を暗く落とした静かなバーだった。ただし、僕がバイトしているエンボスのような、木目の調度品を使ったクラシカルな内装ではなく、テーブルや椅子はスチール製で、モダンな作りをしている。

「へえ。おしゃれな店じゃない」

「前に来たことがあってさ」

 健二は、たまたま知っていたようなふりをしているが、きっと必死に下調べをして探したに違いない。「前に来た」というのも、下見に来たということだろう。

 日曜日だからか店内は空いていて、カウンターでもテーブルでも好きなところに座れる。僕たちは、眺めがよさそうな窓際のテーブル席に座った。壁側は、椅子ではなくソファ席になっていて、窓の外には新橋の街の明かりが見えた。


「宏樹は、バーでバイトしてるんだよね?」

 ソファに座った美優は、メニューも見ずに話しかけてきた。

「ああ。こんな都会の店じゃなくて、八王子の駅前だけどね」

「どんな感じの店? ここみたいなおしゃれなところ?」

「いや。もっとウッディで古めかしい感じ。オーセンティックバーって名乗ってるし」

「一度、そっちも行ってみたいな」

「いや、遠いよ。冬は雪積もるし」

 美優は笑っているが、本気だった。都心部は雨でも、八王子付近は雪になることもたまにある。

「で、オーダーは何にする?」

 健二が、少しムッとした口調でメニューを差し出してきた。二人きりで告白するはずが、僕までついてくることになってしまって、気分がいいわけがない。


「何にしようかな。うーん。じゃジントニック」

「宏樹は?」

「僕は、カリラロックで」

「何それ?」

 美優が首をかしげて聞いてくる。

「アイラ島っていうところで作っているスコッチウイスキー。すごく焦げ臭いやつ」

「ええ? 焦げ臭いって、焚き火でもしてるの?」

「本当にそんな感じ。実際に、ピートって、草が石炭になりかかったやつで焚いた麦を使ってるから、焚き火の匂いがする。それと海の近くに工場があるから、潮の風味も少しする」

「何それ。来たら、味見させて」

「いいよ」

 健二が、ますます不機嫌になっているのが表情で見て取れる。

「宏樹は、ほんと昔から変わらねえな」

「え……」

「知ったかぶりの知識ばっかでさ。偉そうに」

 エンボスのマスターが、お客さんがいない時に、一口ずついろいろなウイスキーを味見させてくれたので、代表的なスコッチやバーボンの味は覚えている。マイナーだが好みのシングルモルトウイスキーをうっかりオーダーしてしまったが、健二にしてみたら嫌味な奴に違いない。

「美優は優しいから、うんうんって聞いてるけど、他の奴ならうんざりしてるんじゃないか」

「いや、そんなつもりじゃないから」

 健二は、僕の言い訳には答えず、手を上げて近くにいたバーテンダーを呼んだ。

「ハーパーのハイボールと、ジントニック。それと、なんだっけ?」

「カリラ、ロックで」


 それぞれのお酒がそろうと、健二がグラスを持ち上げて言った。

「それじゃ、あらためて。今日はお疲れさまでした。乾杯」

「乾杯」

 カラン、と氷の音がして、喉の奥にスモーキーな香りと、潮の味わいが広がる。この独特の後味は、最初に飲んだ時はびっくりしたが、一度覚えると癖になる。

「宏樹。カリ……なんだっけ? 焚き火のウイスキー、ちょっと味見させて」

「カリラね」

 前に進めたグラスを持ち上げて、一口飲み込むと、美優は、むっと口を閉じて目をぱちぱちしている。

「何これ。本当に焦げ臭いし、しょっぱくない?」

「そういう酒なんだ。海水が染み込んでるとも言われてる」

「うわあ、これはキツい。よく飲めるね」

 美優は、横に置いてあったグラスの水を、ごくごくと飲んでしまった。それ、僕のチェイサーなんだけどな……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る