1−5 家出少女(3)

 深夜十一時を過ぎると、食事をしていたお客さんはほとんど帰ってしまい、その後から来たグループもそれほどいなかったので、レストランの中はがらんとしていた。

 夕飯を食べ終わってから僕たちは、これからどうするかという話はせずに、高校生チャレンジに応募している他の仲間の作品のことや、オフ会で話が出たアンソロジーのことばかり話していた。明日のことを考えても、何も出てこないことがわかっていたので、あえて触れるのを避けていたのかもしれない。

 ふと話が途切れた時、テーブルの上に置いてあった美優のスマホから、着信音が鳴り始めた。しかし、画面を見ただけで出ようとはしない。

「出なくていいのか?」

 健二が心配そうに聞く。

「……出ない」

「誰から?」

「お母さん」

 美優は、スマホをテーブルに置いた。

「お母さんなら、出たほうがいいんじゃないか?」

「いい。どうせ父親に何か言われて掛けて来たんだと思うから。絶対帰らないし」

「そうか」

「それより、こんな時間になっちゃったね。今日はどうもありがとう。もう遅いから、二人とも帰らないと電車なくなっちゃうよ」

 ここから家まで四駅だから、大して時間はかからないが、終電が何時かは気になってはいた。それに、夕飯を食べて帰るとは連絡していたが、日付が変わるほど遅くなるとは言っていない。でも、美優を残していくのも気が引けた。

「なに言ってるんだよ。友達を残して帰るわけないだろ。朝まで一緒にいてやるよ」

 健二が強い口調で断言するのを聞いて、僕はびっくりした。朝まで一緒にいる? そこまでは考えていなかった。

「ダメだよ、ちゃんと帰らないと。家族の人が心配するから」

「家出してる奴が、なに偉そうに言ってんだよ。大丈夫。俺なんて、友達の家に泊まりに行くのはしょっちゅうだから、うちの親は別に心配なんてしないし」

「無理しないで。宏樹君も、早く帰らないと」

 何も言えなかった。健二が残るのに、僕だけ帰るわけにはいかないけど、外泊したことなんて今までなかった。親には何て言い訳しよう?

「宏樹はもう帰れよ。俺と違って、お前はマジメだろ。親に心配かけてまで無理するなって」

「いや。僕も一緒にいる」

 ついつい、言ってしまった。男気? 友情? いや違う。ヤキモチ……。健二と美優を二人きりにするのが、我慢ならなかっただけだ。


「失礼します」

 なぜか店員がやってきて、伝票を持って行った。なんだろう? 十二時前に会計しないといけないのかな?

 伝票を持って歩いていく店員を見ていた美優が、大きく目を見開いて固まった。

「うそ……。なんで!」

 彼女の視線を辿って後ろを振り返ると、レジに大人の男性が立っていた。伝票を持っていった店員は、そのままレジに入り、その大人は財布を出して支払をしているようだった。

「あれ誰だ?」

 健二も後ろを振り返って、不思議そうにつぶやく。

「あれ、父親。なんでここにいることがわかったんだろう」

 唇を噛んだ美優は、震えているようだった。支払を済ませたその男性は、まっすぐこちらに歩いて来て、テーブルの横に立った。

「美優。帰るぞ」

「いやだ」

「もうこんな時間だ。さっさと来なさい」

「いやだ」

「おい、おっさん。嫌がってるんだから帰れよ」

 健二が立ち上がって、美優の前に立とうとしたが、父親は大声で一喝した。

「黙りなさい! こんな時間まで未成年の娘を連れ回して、何を考えてるんだ。見たところ高校生のようだが、どこの不良だ?」

「ふ、不良って、なんだその言いがかり。あんたの娘が帰りたくないって言ってんだろ」

「さっさと家に帰らないようなら、警察を呼んで補導させるぞ!」

「警察!?」

「当たり前だ。深夜零時まで、こんなところでたむろしてて良いわけないだろう。うちの娘を無理やり連れて来たなら、未成年者略取で逮捕されても仕方ないぞ」

「……」

 父親の剣幕に、さすがの健二もたじろいでいる。気がつくと、レジで精算していた店員がすぐ横に来ていた。

「あのう、お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、あまり大声を出されませんように」

「ああ、どうも済みません。すぐに出ます。娘がずっと居座ってご迷惑をお掛けしたようで、お詫びいたします」

「いえ、それは構いませんが」

「ほら、行くぞ」

 父親は、バッグとリュックを持ち上げ、反対の手で美優の腕を掴むとぐいぐいと引っ張りながらフロントドアに向かって歩き始めた。

「いやだ、いやだ、帰らない」

 美優も大声を出して暴れるが、大人の力で引っ張られてはかなうはずもない。健二と僕も立ち上がって後を追うが、どうしようもなかった。

 フロントドアまで付いていくと、外に女性が立っていた。多分、お母さんなのだろう。心配そうな表情で、父親と美優が通り過ぎるのを見送ってから、僕たちの方を向いて頭を下げた。

「美優が、ご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんて全然ないけど、あんなに嫌がっているのに、無理やり連れて帰るなんて。どうにかならないんですか!」

 健二が食ってかかるが、お母さんは悲しそうな顔をするだけだった。

「あの」

 どうしても不思議だったので、聞いてみた。

「どうして、美優さんがここにいるってわかったんですか?」

「あの子の携帯の位置情報を調べて、ずっとここにいることはわかっていました。いつか帰ってくるだろうと思って待っていたんですが、十一時を過ぎてもそのままだったので、迎えに来ました」

「携帯……」

 スマホにGPSが付いていることは知っていたけど、それで他から位置がわかるなんて思いもしなかった。

「ほら、何してんだ。さっさと帰るぞ」

 駐車場に停めてある車の方から怒鳴り声がした。

「済みません。あの、これからも美優のことを、よろしくお願いします」

 もう一度深々と頭を下げると、お母さんは車の方に歩いて行った。父親が、後ろドアを開けて美優を押し込んで乗り込み、お母さんが運転してゆっくり発進していくのを、僕らはただ見送っているしかなかった。


 それから高校生チャレンジの発表があるまで、ネットでのやり取りはしていたが、直接彼女と会うことはなかった。

 そして、高校生チャレンジの発表後、僕はネットでの連絡も絶ってしまったから、彼女と話をするのは、本当に四年ぶりだった。


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