1−5 家出少女(2)

「とりあえず泊まるとしたら、漫画喫茶とかかな。でも、女の子一人でそんな所に行かせるのも心配だし」

「漫喫はないだろ」

「だよな」

 下を向いて黙っている美優を気にしながら、これからどうしたらいいか健二と話し合うが、そう簡単に良いアイデアなんか出てこない。

「このデニーズは二十四時間営業かな? もしそうなら、このまま朝までいられるかもしれない」

「ここで徹夜するって?」

 僕の提案に健二はあきれているが、とりあえずスマホで店舗情報を検索すると、二十四時間営業と書いてある。

「大丈夫そうだ。とりあえず動く必要はない」

「まあ良いか。でも何もオーダーしないで長居するのはまずいよな」

「……何か食べるか?」

 レストランの中は、ほとんど満席になっていたから、フリードリンクしか注文しないまま居座るのは気が引けた。ただし、ここで夕飯を食べるなら、家に連絡しておかないと。

 僕はLineを開いて、家族グループにメッセージを書き込んだ。

「友達と勉強していくから、帰りは遅くなる。夕飯も食べて帰る」

 すぐに、了解と呟いているブタのスタンプが返ってくる。母親のお気に入りのキャラクターだ。

「美優は、何が食べたい?」

 僕がスマホをいじっている間に、健二はテーブルの端に立ててあったメニューを開き、美優の方に向けて置いた。しかし美優は、メニューを見もしないでくるりと逆向きにして、僕と健二の前に置き直した。

「私は良いから、健二と宏樹でなんか頼んで。お金は私が払う」

「いや、そういうわけにはいかないだろ」

「ううん。私のせいでこんな所に来てるんだし。お金は沢山持ってるから」

 美優は横にあるリュックの上に手を置いた。

「うちの父親、ろくに家にいないし、いつも怒鳴られるけど、小遣いだけは沢山くれるから」

「実はいいお父さんなのか?」

「違う。カネはいくらでもやるから、黙って言うことを聞けってことだと思う。お母さんに対してもそう。俺が稼いでいるんだから、文句を言うなっていつも言ってる」

「ふうん」

「とりあえず、なんか頼もう。自分の食ったもんは自分で払うから」

 テーブルの上のボタンを押して店員を呼び、僕はパスタを、健二はカレーを頼んでから、この先どうするかの相談を再開する。


「そんな親父がいる家にはもう帰らないとして、これからどうしよう?」

 健二が遠慮がちに聞く。

「……誰にも迷惑をかけないように、消えちゃうしかないかな」

「そんなこと言うなよ!」

 健二が大声を出したので、僕も美優もビクッと体を縮めた。

「健二、怖いぞ」

「ご、ごめん。怒鳴るつもりはなかったんだけど」

「……ごめんね。迷惑ばっかりかけて」

「そんなことないって。謝るから。お願いだから、そんなこと言わないでくれよ。俺たち仲間だろ。困った時は助けるのは当たり前なんだからさ」

 健二の奴、かっこいいこと言うけど、実際にできることなんてあるのか? 今晩の居場所を確保するだけでもロクなアイデアが無いのに。

 美優と健二の話が、お互いに謝りあってばかりで堂々巡りになっていたので、話題を変えたくて小説の話を振ってみることにした。前から気になっていて、一度本人に確認したかったことだ。

「美優さんが書いていた小説でさ、主人公が家族や周りの人との人間関係にすごく悩んでいたり、その、自分を責めていたりする描写が印象的だったんだけど、あれってリアルに悩んでいたことだったの?」

 自傷行為、とは口にできなくて、ぼかした言い方をしたが、彼女の作品の中にはそれを仄めかす文章もあった。読んだ時は、そういう主人公のシチュエーションを頭で考えてプロットを組み立てたのだと思っていたが、家出してくるほどの父親との関係のひどさを聞くと、現実のことだったのかもしれない。だとしたら、確かめておかないと。

「……うん。あの主人公は私自身。悩んでいたことも、やったことも、全部本当のこと。だから宏樹君が書いてくれたレビューで、主人公のやっていることをすべて肯定してくれたのを読んだ時に、大泣きしちゃったんだ。私も生きてていいんだって、認めてもらえたような気がして」

「え……」

 そんな大それたことを書いたつもりは無かったんだけど。美優は、また下を向くとぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「今日、父親に言い返せたのも、宏樹君の言葉があったから。宏樹君が、主人公は自分を信じて前に進んでほしいって書いてくれたから、その言葉に勇気をもらって闘うことができた。でも結局一人じゃ何にもできなくて、こんなところで迷惑ばっかりかけて。ごめんなさい」

 僕も、健二も、何も言えずに黙ったまま、泣いている美優を見つめていた。

 店員が注文した料理を持って来たが、僕たちの異様な雰囲気に呑まれたのか、小さな声で「お待たせしました」とだけ言ってテーブルの上に皿を置き、そそくさと帰っていってしまった。

 置かれていった皿に手もつけずに黙っていると、美優は顔を上げて少し微笑んだ。

「冷めちゃうから、食べて」

「本当にいらないのか? 一口だけでもどうだ?」

 健二が皿を押してすすめたが、首を振った。

「いい。お腹は空いてないから」

 食欲もなくなるほど追い詰められている彼女を前にして、僕たちは、黙々と料理を食べた。気のせいか、健二は少し淋しそうな顔をしているようだった。

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