1−3 初顔合わせ(1)
高校二年の夏休みに入ってすぐ、僕は高校生チャレンジに応募している中から厳選した十人に、ダイレクトメッセージを送った。rota+こと大村健二と、三村優こと日向美優はもちろん入っているが、その他は、僕が作品を読んですごいと思った作者に限定した。あまり人数が多くなって会場が確保できなくなるのが嫌だったのと、創作者としてレベルの高い者だけが集うサークルにしたいという、厨二病的な選民意識があったからだ。だが、実際に東京での集まりに参加できたのは僕を含めて六人しかいなかった。それまで投稿サイトやSNSで交流していただけではわからなかったが、実は兵庫や福岡のような遠くに住んでいる人もいて、夏休みとはいえ、高校生がわざわざ東京まで出てくるのは難しかった。
高校生が集まって気兼ねなくワイワイできて、埼玉や甲府から来る連中にもわかりやすいところという条件から、新宿駅の近くで予約のできるファミレスを見つけて、四人掛けテーブルを二つ並びで予約し、当日を迎えた。
初めてリアルに会った連中は、僕が想像していた以上に熱くて、個性的で、魅力的だった。学校の本好きの友達とは比べ物にならないほど沢山の本を読み、好きなことにとことんこだわっている連中の中で、僕は本当に幸せだった。この日は、みんなペンネームで呼び合っていたから、「琥珀先生、琥珀先生」と呼びかけられるたびに、照れくさいような恥ずかしいような気分になったのを覚えている。
そんな中で、人一倍目立っていたのが、美優だ。女子はもう一人「さとのん」と名乗っている子がいたが、美優は別格だった。見た目は清楚で大人しそうに見えるが、いいもの、美しいものと、そうでないものを峻別し、ダメなものは徹底的にこき下ろした。話題になっている作品でも彼女にかかると一刀両断にされ、少し早口な口調でロジカルに畳み掛けられると、誰も反論できなかった。
僕はそんな彼女を、反対側のソファ席の一番遠くの端から見ているばかりで、直接話しかけることはなかった。SNSやヨミカキのコメントでは、女子だと気が付かなかったから気軽にやりとりをしていたが、いざ面と向かってみると、気恥ずかしくて声を掛けられなかったのだ。中学から男子校の智信学園に通っていたから、小学校を卒業して以来、同年代の女子と話をしたことなんて無かった。僕はもっぱら、近くにいた男どもの相談に乗るという体で、勉強した「創作論」をぶっていた。
「どうも今書いているのが、盛り上がりに欠けるというか、面白みが足りないんだよ。どうしたらいいかな、琥珀先生」
「そうだな。水恋詩さんの作品は、キャラの変化があるともっと面白くなるかもしれないね。キャラクターアークって言葉を知ってる?」
「キャラクターアーク?」
「そう。主人公が、最初の状態から、いろいろな経験を通じて精神的な変化が起こって、最後には新しい状態になるっていう展開の仕方のこと。例えば、最初は欠点とか悩みがあるんだけど、仲間と一緒に困難を乗り越えていくうちに、最終的には欠点を克服するようになるとかね。純文学は別だけど、ライトノベルとか漫画とか映画とか、エンタメの作品だと普通に使われる手法なんだ。人は、変化して成長していくところが魅力なんだって」
「へえ、さすが琥珀先生、知識が豊富だよなあ」
本で勉強した知識を披露しているだけで、みんな感心してくれるから良い気分だった。そんな話をしていい気になっているところに、ドリンクバーで紅茶を作った美優が近づいてきて、あろうことか僕の隣に座り込んだ。
「ねえ。琥珀君」
「え、ああ、うん」
「いつもコメントくれて、ありがとう」
「いや、大したことは」
「みんな、いいねは押してくれるけど、コメントまで書いてくれる人はあんまりいないから。とっても嬉しい」
「そう」
隣に女子が座って話しかけてきてくれるという、今まで経験したことの無い状況に、すっかり舞い上がってしまった。しかし、経験が無さ過ぎて何を話したらいいのかわからないから、返事もぶっきらぼうになってしまう。
「私が書いているのは、ずっと鬱展開で暗いから、ぜんぜん人気が出ないんだ。たまに、難癖つけてくるのはいるけど。誰も読んでないなら、もうやめようかと思っていたけど、琥珀君がものすごい長文で絶賛するレビューを書いてくれたから、最後まで続けようって気になったんだ」
「うん」
美優は、主人公が心の中の不条理を見つめて、深く内省しながらもがいているような、ヒリヒリした緊迫感のある小説を書いていた。自傷行為を思わせる描写も出てきて、小説投稿サイトで人気が出るような作風ではない。それでも、圧倒的な筆力で主人公の苦しみや希望を描き出す実力は群を抜いていて、僕はどんどん作品に引き込まれた。レビューには、そんな感想をそのままストレートに書いただけだ。
「今日も、この集まりに誘ってくれてありがとう。みんな凄い作品を書いてる人ばかりだから刺激になる」
長いテーブルを囲む面々を一人一人見ている美優の横顔を、ようやくまともに見ることができた。ポニーテールにした、さらりとまっすぐな髪。常に何かを見すえているような、大きくて意志的な目。きゅっときつく結んだくちびる。表情の強さと裏腹に、着ている白いワンピースは可愛らしく、ふっくらとした胸のふくらみと、袖なしでむき出しになった肩から腕にかけてのまっ白な肌がまぶしかった。
心臓がドキドキして、何も言えずに固まっていると、斜め向かいに座っていた健二が話しかけてきた。
「あ、三村優さん? 俺、
「うん。よろしく」
呼びかけられた美優は、ちょっと警戒するような表情になったが、それにはお構いなく健二は続けた。
「琥珀先生に提案があるんだけどさ。せっかくこれだけのメンバーが集まったんだから、アンソロジー作らないか?」
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