1−3 初顔合わせ(2)
「アンソロジー?」
「そう。何かテーマを決めて、それに沿った短編をみんなに書いてもらって、同人誌として印刷するんだよ。それで、どこかの同人イベントに出して売る。三村さん、どう? いいと思わない?」
「同人誌、ね」
今まで考えたことが無かった。投稿サイトに小説を載せて、コンテストに出して、あわよくば書籍化ということは考えていたが、自分で印刷して売るという発想は無かった。漫画やイラストならコミケのようなイベントがあるのは知っていたが、小説の同人誌を売る?
「小説の同人誌が売れるイベントなんてあるのか?」
「あるある。コミック系のイベントでも小説を売っているサークルはあるし、きっと小説限定のイベントだってあるよ」
「面白いかもしれない。これだけのメンバーが揃っていれば、いいものができそうだし」
意外なことに、美優も健二の提案に乗り気だった。
「よーし。じゃあ、みんなの合意を取って、サークルの決定事項にしようぜ」
健二は、テーブルを囲んでワイワイ話をしているメンバーに向かって、大きな声で呼びかけた。
「はーい、はいはい。みんな注目! 今日の集まりの主催者である琥珀先生から、重大な発表があるよー! みんなこっち向いて。さあ、琥珀先生どうぞ」
いきなり場をまとめた上で話を振られてびっくりした。どんな発表だろう、と期待しているのか、みんなしんとなって僕に注目している。しかし、たった今、話を出されたばかりで、何をどうすれば同人誌なんて作れるのか僕自身がわかっていない。こんな状態で何を発表すればいいんだ?
「あ、えっと、重大発表というか、提案なんだけど」
横で美優が、黙ったままうんうんとうなずいている。それに背中を押されるように、僕は話を続けた。
「このメンバーで、アンソロジーを作ろうと思うんだけど、どうかな」
みんな黙ったまま、僕の顔を見ている。
「せっかく、こうやって集まったんだから、何か形になるものを残したいなと思ったんだ。印刷・製本したものを、何かのイベントに出店して売ろうと思う」
「アンソロジーって、何を書くんだ?」
「一応、共通のテーマを決めた上で、中身は各自の自由でもいいんじゃないか。シリアスな純文学でも、ファンタジーでも、ミステリーでも、そこはみんなの得意な作品にした方が面白そうだろ?」
「なるほど」
次は、さとのんというペンネームの女子が手を上げた。
「いつごろ作るんですか?」
「そうだな。高校生チャレンジコンテストの締切後、できれば年末まで。遅くとも来年一月にはできたらいいかな」
これは自分で答えた。あまり健二に頼っていたら、どちらがリーダーかわからなくなってしまいそうだから。しかし、さとのんさんは、悲しそうな顔になった。
「あの、私、三年生なので、冬になったら受験が忙しくなって難しいかもしれません」
そうか。自分が二年生だから気にしていなかったけれど、この中には三年生もいるのか。確かに十二月、一月は受験真っ最中で大変だ。
「そうですね。三年生の先輩は、作品だけ先に仕上げてもらって、後の編集とか印刷とかは、二年生が担当するようにした方がいいですね」
「ありがとう。それなら大丈夫」
さとのんさんは、にっこり微笑んだ。
「他に意見のある人は?」
「同人誌のタイトルというか、このグループのサークル名はどうする? あと、代表者」
健二だった。僕が何も考えていないのを知ってて、あえて質問をぶつけてくるなんて意地の悪いやつだ。
「これはみんなの意見も聞きたい。どんな名前がいいかな?」
横の美優が手を上げた。
「詩的な名前がいいと思う。海とか月とか静かな中に大きな力を秘めているようなイメージで」
「海ねえ……。波とか? 月と波音みたいな?」
水恋詩さんがつぶやいた言葉から、頭の中に鮮明なイメージが浮かび上がってきた。真っ黒な空に大きな満月が昇り、打ち寄せる静かな波が白く光っている海。
「『月夜ノ波音』ってどうだろう。『の』はカタカナで」
「『月夜ノ波音』ね。悪くないかも」
美優が賛成してくれたことで、場の雰囲気はすぐに合意の方向に流れ、誰からも異論は出なかった。
「あとは、代表者だけど……」
「それはもう琥珀先生しかいないだろ。今日の集まりの呼びかけ人だし」
健二が、にやっと笑って親指を上げている。
「いや、サークル代表だなんて」
「私も琥珀君がいいと思う。みんな、どう思う? 琥珀君がいいと思う人、手を上げて」
美優が問いかけると、全員が一斉に手を上げた。
「決まりだな」
恥ずかしいのと誇らしいのとが、ないまぜになった感覚だった。
思い返すと、あれが僕の人生で最高の瞬間だった。
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